イブ・スパング・オルセン『つきのぼうや』

 この絵本のおもしろさは、なんといっても絵本のかたち。タテ35cmにヨコ13cmという、ちょっと他にない縦長です。本棚に入れるのも一苦労。でも、この縦長の紙面がストーリーと密接に結びついて非常に効果的に使われています。いったん読み終えると、むしろ、タテにながーい造本が自然に思えてくるほどです。

 池に映った自分の姿が気になるお月さま、ある晩、月の坊やを呼び出します。

ちょいと ひとっぱしり
したへ おりていって、
あの つきを つれてきてくれないか。
ともだちに なりたいのだ。

 お月さまは、自分の姿が映っていることが分からず、もう一つ別の月が地上にいるんだと思っているわけです。月の坊やもまた素直にお月さまの頼みをきき、かごをさげて元気よく地上に向かって駆け下りていきます。

 ここで、この絵本の縦長のつくりが生きてきます。高い高い空の上から地上に向かってどんどん下りてゆく様子が、縦長の紙面を使って描かれます。一つのページに複数のエピソードが上から下へと順番におかれていて、そのエピソードのたびに月の坊やもまた2回も3回も登場するのです。上から下への移動が縦長の紙面にそのまま表現され、読み聞かせをしていると、月の坊やといっしょに地上へ下りてゆくような気持ちになれます。

 また、空から地上に駆け下りるとはいっても、一本調子なものではなく、かごを上に持ってふんわり飛んだり、風にふかれて横に飛んだり、仰向けだったりうつぶせだったり、おもしろく描かれています。

 下りていく間に月の坊やは、お月さまのように、まあるいものにたくさん出会うのですが、どれもお月さまとはちょっと違います。最後は、まちの通りをすぎて水のなかに飛び込み、さらに下りていきます。そして海の底で見つけたのが手鏡。この手鏡をかごに入れて、月の坊やはもときた道を帰っていき、お月さまのところに戻ります。奥付のページには、手鏡に映った自分に話しかけるお月さまの姿が描かれています。

 ちょっとナルシシズムな結末ですが、お月さまだからよいのかもしれませんね。

 あと、「月の坊や」とはいっても、見た目は人間の子どもとまったく変わらずに描かれているのもおもしろいところです。

 原書の刊行は1962年。デンマークの絵本です。

▼イブ・スパング・オルセン/やまのうち きよこ 訳『つきのぼうや』福音館書店、1975年

絵本学会のウェブサイト

 1997年設立の新しい学会。そのウェブサイトです。

 この学会は「絵本の表現の分野により立脚した、絵本学という独自の学問領域の確立」を目的にしているとのことで、設立趣旨では次のように書かれています。

今日、絵本表現の場は想像以上に広がっています。考え方や対象の定め方も様々なら、表現性も実に多様です。多様な表現の世界を持つこれらの絵本を、単純な概念で分類することには無理があります。しかし、絵本の形式がそれほど単純でないことが十分承知されながら、一般的には、教育的意味や文学的意味をもって語られることが多いのが実状です。
[中略]
絵本を固定した一つの表現形式とみなすだけでなく、表現の位相を把握し解明していくための研究が、新しい視野を拓くものと期待されるのです。それは、絵本学とも呼ぶべきものであり、絵本というメディアを介して研究される新たな学問領域だといえるでしょう。
[後略]

 なんだか難しそうですが、要は、たとえば子どものためのもの・教育のためのものといったふうに単純化せずに、絵本の持つ多様性と深みをそのまま丸ごと受け止めよう、ということでしょう。とても真っ当な考え方じゃないかなと思います。

 ウェブサイトでは、年に一度の絵本学会大会や絵本フォーラムの内容が非常に詳しく掲載されており、かなり充実しています。

 たとえば、どんなことがテーマになっているかというと、

  • 絵本と絵本美術館(2003年度大会)
  • 絵本はコラボレーションの場(2002年度大会)
  • 絵本とおとな・絵本とこども(2001年度大会)
  • 再度、昔話絵本を考える(絵本フォーラム2002)
  • 絵本とことば(絵本フォーラム2001)
  • こども、絵本、いのち(絵本フォーラム2000)

 大会やフォーラムでは、研究発表に加えて、ワークショップ(2003年度はからくり玩具作りやモビール作り)や作品発表などもあり、おもしろそうです。また、研究者だけでなく、絵本作家やデザイナー、教員や学芸員や司書など、いろんな分野の人が参加されています。

 あと、絵本学会では『ブックエンド』という雑誌(機関誌)を発行していて、その目次も見ることができます。

 2002年の創刊号では、宇野亜喜良さんの絵本「ぼくはへいたろう」が巻頭カラーで載っていたり、島田ゆかさんや きたむらさとしさんのエッセイもあって、これも興味深いです。機会があったら、ぜひ一度、読んでみたいです。

 他には、講演・出版・イベントなどの情報が掲載される「絵本学会伝言板」、会員や学校・美術館・図書館などのリンク集もありました。

 このウェブサイト、いろいろ有用な情報が掲載されていて刺激になります。学会とはいっても、あまりかまえなくてよいように思いました。

バージニア・リー・バートン『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』

 バージニア・リー・バートンさんの絵本といえば、アメリカ絵本の定番の一つと思います。うちの子どもも大好きです。この『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』はもともと1943年に刊行されたそうですが、まったく古さを感じさせない、おもしろさです。

 「じぇおぽりす」という町の道路管理部で働いているトラクターの「けいてぃー」。ある冬の日、大雪に埋もれた「じぇおぽりす」ではなにもかもがマヒしてしまいます。

だれもかれも、なにもかも、じっとして
いなければなりませんでした。
けれども、そのとき ただひとり……
けいてぃーは うごいていました

 「けいてぃー」は「ちゃっ!ちゃっ!ちゃっ!」と、どんどん雪をかきのけていきます。警察も郵便も電気も水道も病院も消防も飛行場も、雪で困っている人たちみんなを助け、「わたしに ついていらっしゃい」と言って、道をつけていきます。大通りも横町も雪をすっかりかきのけます。

 みんなのためにやるべき仕事を着実にやり抜く「けいてぃー」。たとえば次のように書かれています。

けいてぃーは、はたらくのが すきでした。
むずかしい ちからのある しごとが、
あれば あるほど、けいてぃーは
よろこびました。

 また、飛行場の雪をかきのけるときには、

けいてぃーは、もう、すこし くたびれていました。
けれども しごとを とちゅうで やめたりなんか、
けっしてしません……
やめるものですか。

 こうしたかっこよさには、大人でも、ちょっとあこがれますね。絵本の裏表紙には、雪をかきのけて働く「けいてぃー」の後ろ姿が描かれていて、これも、なかなかよい感じです。

 ところで、この絵本にはストーリーやテーマ以上に楽しい仕掛けがいっぱいあり、そこがまた魅力です。

 最初の数ページでは、ページのまんなかを四角に囲い、「けいてぃー」がいろんなアタッチメントをつけられることが描かれています。そのまわりには働くクルマのたくさんのイラストが付いていて、楽しめます。

 また、「じょえぽりす」全体の地図(建物のイラストつき!)もあり、「けいてぃー」が雪をかきわけていく道をそのつど指でなぞったりもできます。各ページには東西南北の方位も書かれています。終わりの方のページには、「けいてぃー」の大活躍ですっかり雪がかきのけられた「じぇおぽりす」の全体が描かれています。地図と比べてみたりすることもできます。

 そして、「けいてぃー」が雪をかきのけて道をつけていくときの描き方も、注目です。

 まず、雪がどんどん積もっていくことを文章で説明したところ。ここでは、ページのはじをぐるっと四角にとりかこむように何本もの電柱を置き、その電柱がどんどん雪にうずもれていく様子を順々に描くことで、時間の流れを表しています。これも、おもしろい表現です。

 次に、雪の「じぇおぽりす」に「けいてぃー」が最初に現れるシーンでは、2ページを丸ごと使った白い画面の左のはじに割と小さめに「けいてぃー」が描かれています。この大きな白い空間が大雪のすごさを物語っていて、と同時に、この白い画面を左から右へ、上から下へ、また斜めにジグザグに「けいてぃー」が通っていくことでその後に道がどんどん出来ていき、町がよみがえっていきます。「けいてぃー」の通ったあとに家々や建物が並んでいくかのようで、その煙突からは煙が上がり、人びとが雪かきをはじめ、いろんな働くクルマが動き出すのです。この画面の使い方はとても印象的です。

 あと、この本では、とびらの次のページに献辞のようなものがあるのですが、よく見ると、バートンさんの他の絵本の主人公たち(たとえば『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』や『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』)が描かれていました。これも、おもしろいですね。

▼バージニア・リー・バートン/いしい ももこ 訳『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』福音館書店、1978年(新版)

スズキコージ『やまのディスコ』

 「しろうまの みねこさん」と「やぎの さんきちくん」は、新しくオープンした山のディスコに出かけます。みんなで楽しく踊っていると、「ライオンの よしおくん」が蜂に刺されてしまい、そのせいで「ライオンの よしおくんの おとうさん」がクワを振り回して駆け込んできて、ディスコはめちゃくちゃに、といったストーリー。

 この絵本のおもしろいところは、まず登場人物のキャラクターです。

 たとえば「このあたりの やまでは いちばんの おしゃれ」「みねこさん」の登場シーン。体重計にのったまま腰に手を当て、前髪にカーラーを巻いて大きな櫛でお手入れしています。真っ赤なミニスカートのワンピースに、これまた真っ赤なハイヒール、なんだかバブル期の「いけいけのお姉さん」を思い出します。

 みんなディスコははじめてなので、バンドが演奏をはじめても突っ立っていると、「みねこさんは エィッと かけごえを かけて、いちばんに」踊り出します。この踊りがまた、吹っ切れています。

 「さんきちくん」も、おしゃれにきめた帽子のファッションに黒のサングラスをかけ、「みねこさん」を後ろに乗せてオートバイをとばします。ディスコで二人があみ出すのが「うぎやまおどり」。うーん、どんな踊りなんだろう?

 「ライオンの よしおくんの おとうさん」もすさまじい暴れっぷりでど迫力だし、ディスコがめちゃくちゃになってもすぐ次の商売のことを考える「くまのたいしょう」もおかしい。激しく踊り狂う他の動物たちもおもしろいです。

 他にも笑えるディテールがいろいろ。このディスコの入場料は「くりのみ 10こ」で、自慢はなんとハチの巣のミラーボール。しかも、まだハチが住んでいるのです。当然、ミラーボールが回り出すと、ディスコのなかをハチが飛び回ります。みんなは腰をかがめて踊るのですが、そのうち「くまのたいしょう」が網をかぶって出てきて、

「みなさーん、あと、くりのみ 5こを はらえば、
はちよけの あみを かして あげましょう、
さあ、さあ、はりきって まいりましょう」

 うーん、なんて商売にがめついんだ。しかも、みんな網をかぶって踊り続けるのです。バンドマンも手に網をつけてギターやベースを演奏し続けます。いやー、すごすぎ。

 絵は、いうまでもなく、どこを切ってもスズキコージ印。派手でどぎつく、実ににぎやかな色彩です。たとえば裏表紙、なんの変哲もない森の描き方一つとっても、色の選び方、木々の輪郭の付け方、木々の並べ方など、あやしい雰囲気がただよってきます。あと、描かれている動物たちの多くは、目がまん丸になっていて、これも一種、異様な感じを増しています。嫌いな人はとことん嫌いかもしれませんが、あやしさとユーモアが結びついていて、私はとても好きです。

 それから、もう一つ注目されるのが、文に使われているフォント。これがまた、手書き風のあやしい感じのフォントなんですね。正確には分かりませんが、このフォント、スズキコージさんの絵本でしか見かけないような気がします。スズキコージさん御用達のフォントなのかもしれません。

▼スズキコージ『やまのディスコ』架空社、1989年

スズキコージさん関連のウェブサイト

 片山健さんと並んで、うちで人気の絵本作家がスズキコージさんです。とても個性的で強烈な造形と色彩が魅力です。

 本当は今日はそのスズキコージさんの絵本を1冊紹介しようと思っていたのですが、仕事が忙しく、記事が書けません。

 でも、せっかくなので、スズキコージさん関連のウェブサイトを3つ、紹介したいと思います。今後も、いろいろ絵本に関するウェブサイトの紹介リンクをやってみようと考えています。

 まずは、スズキコージさん公認のウェブサイトZUKING。プロフィール、イベントや個展の情報、著作リスト、掲示板、さらにはグッズ(缶バッチ! これ、なかなかよいです)の販売もされています。スズキコージさんのイラストなどもあしらわれていて、要チェックです。

 それから、静岡県、浜北市立図書館スズキコージコーナー。なぜここに?と思ったら、スズキコージさんは浜北市生まれで、2001年に浜北市立図書館に壁画を制作されていました。その壁画の写真も掲載されています。他に、市民のみなさんから寄贈された資料(絵本や児童図書の挿絵、雑誌・カレンダー・パンフレットなど)の一部も見ることができます。じっさいの図書館のなかにもスズキコージコーナーがあるようです。

 そして、復刊ドットコム『スズキコージ』復刊特集ページ。復刊リクエストのあった本がリストアップされています。これをみると、たくさんの本が絶版になっていて、それでも、根強いスズキコージファンの多いことが分かります。スズキコージさんの絵本は、好きな人はだんぜん好きだと思います。『クリスマスプレゼントン』という絵本が復刊が決定しているようです。私は読んだことがないので、ぜひ今度、手に取ってみたいです。

 明日はなんとか絵本の紹介を投稿したいのですが、仕事次第ですね。うーん、ちょっとため息です。

むらまつたみこ『みなみのしまのプトゥ』

 舞台はバリ島、主人公のプトゥは生まれて10ヶ月の男の子、赤ちゃんです。表紙では、南国の木々の下、プトゥがプルメリアの花を手に持ち笑顔で振り返っています。そんなプトゥの一日を描いたのがこの絵本です。

 この絵本では、いまの日本ではほとんどありえない子育ての姿が描写されています。三世代同居どころか複数の家族が同居、夫婦共働きで日中はおばあちゃんとおじいちゃん、さらには近所の子どもたちまでが赤ちゃんのめんどうをみています。互いに子育てし合う社会、地域のなかに子育てがしっかりと根付いている、そんな印象を受けます。

 そのあたりのことは、巻末の「作者からのひとこと」でも触れられていました。作者のむらまつさんは、4年間、バリ島で生活したそうです。少し長いですが、引用します。

島で生活していて、ちょっとややこしい事が、ひとつありました。それは、どの子がどの親の子なのか、ときどきわからなくなることです。島では、他人の子も自分の子も、区別があまりありません。私がお世話になったいくつかの民家でも、いつもいっしょに食事をしたり、テレビを見たりしていたのは、実はとなりの子どもだった―――なんてことは、めずらしくありませんでした。これが赤ちゃんの場合、昼は、手から手へとわたされて、夜になると、しぜんに親元にもどっているのです。なんともふしぎなことでした。

 プトゥもまた、おかあさん、おじいちゃん、いとこのワヤンとカデ、隣に住んでいるコマンちゃん、といったふうに手から手へと渡されていきます。こんなおおらかな子育て環境は、いまの日本ではまず成立しませんね。

 それから、もう一つ、この絵本でなにより気になった(?)のが、食べ物の描写です。バリ島でふつうに食べられているものが幾つか登場するのですが、どれも、とてもおいしそうです。

 最初の場面に登場するのは、屋台で売られる朝ご飯のおかゆ。遠景で描かれているので、どんなおかゆなのかはまったく分かりませんが、屋台が朝ご飯を売っているところにそそられます。

 それから、プトゥのおじいちゃんが飲んでいる「コピ」。これは「みなみのしまのコーヒー」とのことですが、ガラスの容器に入れられています。砂糖をたくさん入れて飲むようです。

 そして、プトゥのおばあちゃんが作る「ジャジャン・ウリ」。これは、もち米とヤシの実と赤砂糖で作るおかしだそうです。その作り方も2ページにわたって説明があります。油で揚げるところからすると、甘い味のせんべいみたいなものかなと思いますが、どうでしょう。

 最後に、学校が終わったあとに子どもたちが屋台で買っている「あつあつのにくだんごいりスープ」。屋台には「BAKSO NYLA」と表記されていますが(意味は分かりません)、これ、とてもおいしそうです。暑い南国の食べ物だから少し辛い味付けでしょうか。

 絵は版画に水彩で彩色したものかなと思っていたら、切り絵だそうです。アリス館新刊情報に説明がありました。顔の眉毛と鼻の描き方が特徴的。全体を通じてあたたかみのある色彩で、南の島のおおらかな日常がよく伝わってきます。

 最後のページ、おかあさんにだっこされて小さな寝息をたてはじめたプトゥを、みんなが実にやさしい笑顔で見守っています。飼いイヌまでニコニコ。「トッケー、トッケー。チ、チ、チ、チ、チ。」というやもりの鳴き声が聞こえてきます。幸せな情景です。

 この絵本は、むらまつさんの第一作目の絵本とのこと。ぜひ第二作目の絵本も読んでみたいと思いました。

 と、ここまで書いていったん投稿したあとでGoogle で検索してみたら、なんと、むらまつさんのインタビュー須玉オープンミュージアムに掲載されていました。このウェブサイトは、特定非営利活動法人 文化資源活用協会が運営しており、「山梨県須玉町の歴史や文化、自然や環境に関する情報をデータベース化し、インターネット上につくられた電子博物館」だそうです。なかなかおもしろい取り組みですね。

 で、むらまつさんは須玉町在住とのことで、インタビューになったそうです。テキストデータはないようですが、Windows Media Player か Quick Time Player で6分くらいのインタビューを視聴できます。バリ島では、赤ちゃんは朝から晩までずっと誰かがだっこしていて「宙に浮いている」そうです。

▼むらまつたみこ『みなみのしまのプトゥ』アリス館、2003年

いとうひろし『ルラルさんのにわ』

 いとうひろしさんのルラルさんシリーズの一作目。ルラルさんシリーズは、うちの子どももとても好きです。

 主人公のルラルさんは、芝生の庭をとても大切にしていて、動物たちが入ろうとすると、パチンコで追い払ってしまいます。誰も庭に入れません。ところが、ある朝、ワニが庭に入り込みます。かみつかれると恐いので様子を見ていると、ワニいわく、

「なあ、おっちゃん。ここに ねそべってみなよ。
きもちいいぜ。しばふが おなかを ちくちくするのが
たまらないよ。」

 試しに寝そべってみると、その気持ちよさにうっとり。自分が大事にしていながら見失っていたものに気が付いたルラルさん、それからは動物たちを追い払ったりせず、みんなでいっしょに芝生に寝そべるようになります。

 このおおらかなストーリーに加えておもしろいと思ったのは色の使い方です。たぶん水彩と色鉛筆だと思うのですが、使われる色が限定されています。たとえば緑色でも、芝生の緑と木々の緑と山の緑がすべて同じ色になっており、動物たちについても、鳥も犬も猫もワニもオレンジと黄色で描かれています。しかも、基本的にベタで均質な色合いです。どのページにも同じ色が同じように現れ、その結果、全体を通じて紙面に安定感があり、と同時にページをめくるごとに色のリズムも生まれているように感じます。

 使用する色が限定される絵本というと、ディック・ブルーナさんのミッフィーシリーズが有名ですが、それほどではないにしても、この絵本もまた意図的に色を限っているのかなと思います。

 あと、主人公のルラルさんがユニーク。客観的にみると、丸底メガネ(ワニを丸太と間違えるほど目が悪い)にはげ頭でちょび髭、一人暮らしで中年のあやしい「おっちゃん」です。でも、とてもユーモラスで(たぶん)おしゃれなおじさんです。

 ワニとルラルさんが気持ちよさそうに芝生に寝そべっている様子、また、終わりのページでルラルさんとたくさんの動物たちが芝生にゆったりと寝そべっている様子をみていると、自分も芝生にごろんと横になりたいなあとついつい思ってしまいます。のーんびりした気持ちになれる絵本です。

▼いとうひろし『ルラルさんのにわ』ポプラ社、2001年

にしかわおさむ『おとうさんとさんぽ』

 子どもとの散歩、私は大好きです。子どもと手をつないてゆっくり散歩していると、いろんな「発見」があります。子どもが日ごろ感じていることや考えていることをあらためて聞いたり、いつもは足早に通り過ぎるだけの道も新鮮に感じます。そういえば子どもの手が大きくなったなあ(でもまだ小さいなあ)なんてことも、一つの「発見」です。あるいはまた、まだ通ったことのない道を歩いていくのも、子どもにとっては「冒険」で、自分にとっても楽しいです。

 そんな発見と冒険の「さんぽ」を描いたのが、この絵本です。

「とてもいい てんきだね。
もりへ さんぽに いってみよう」

という「おとうさん」の誘いに「ぼく」はキャラメルを持って散歩に出かけます。

「おとうさん、ぼくと さんぽ たのしい?」
「たのしいよ、きょうは もりの むこうまで いってみよう」

 二人で手をつないで森を歩いていくと、犬やスカンクや熊が通せんぼしていて、それを「おとうさん」と「ぼく」とで工夫して解決していきます。森を抜けると、そこは海。二人でお昼寝です。

 この絵本のおもしろい点は、「おとうさん」と「ぼく」との関係の描写です。

 たとえば大きな犬が通せんぼするところでは、「ぼく」は恐くて「おとうさん」のうしろに隠れてズボンにつかまっています。で、「おとうさん」の機転でそこを抜けると、こんな会話。

「おとうさん、いぬ こわくなかった?」
「ううん、ちっとも」
「ぼくも!」

 お父さんといっしょで安心していて、でも強がる子どもの気持ちがよく表れているように思います。

 それから、熊が大きなホットケーキを焼いて「食べていかないと、この道、通っちゃだめ!」と通せんぼする場面(ここでも「ぼく」は「おとうさん」のズボンをぎゅっとつかんでいます)では、「おとうさん」は自分が食べるつもりで困っていて、「ぼく」がホットケーキが大好きということを知らないのです。自分の子どもの大好物を実は知らないなんてところも、現役のお父さんは実感できるんじゃないかなと思います。

 絵は、色鉛筆やクレヨンなどを使い、それもあまり多くを描き込むのではなく、軽いタッチで白味の多い紙面になっています。それがまた、楽しい散歩の雰囲気をよく伝えていると思います。「おとうさん」のりっぱなおひげもユーモラス。

 奥付のページには、眠った「ぼく」を「おとうさん」がおんぶして帰っていく様子が背後からモノクロで描かれています。楽しかった散歩の余韻にひたって「おとうさん」におんぶされる「ぼく」とそれを背中に感じてゆっくり歩く「おとうさん」。そして、それは、この絵本の表紙の絵にそのままつながっています。この紙面のつくりもおもしろいと思います。

▼にしかわおさむ『おとうさんとさんぽ』教育画劇、1989年

絵本をさがす:図書館

 昨日は週に一度の図書館の日。毎週、土曜日か日曜日、二つの公立図書館に交互に行ってます。子どもも自分の図書館カードを作り、絵本を借ります。二つの図書館から借りた絵本が約15冊、うちではいつも枕元に置いてあります。

 で、自宅で買って持っている絵本と合わせて、毎晩、読み聞かせ。まず、夜の歯みがきの前に1冊。うちでは絵本を1冊読まないと歯みがきになりません。いつのまにか、そんな決まりになってしまいました(実はこれがウェブログの名前の由来)。そして、歯みがきが終わってふとんに入ってから、さらに3冊。なぜ3冊かという理由はとくになく、いつのまにかそんなふうになりました。3冊読んでもまだ眠くないときは1冊追加することも、たまにあります。

 というわけで、寝る前に読み聞かせする絵本は、たいてい4冊、ときに5冊。これが1年365日ほぼ毎日ですから、単純計算で4冊×365日=1,460冊! もちろん、違う絵本を読んでいるのではなく、同じ絵本を何度も繰り返し読むわけですが、それにしても、うーむ、あらためて計算してみるとすごい数だ。子どもが大きくなっていつか絵本の読み聞かせも終わるでしょうが、「これ、読んで!」と言われている間は続けていきたいと思っています。

 ともあれ、やはり絵本は買うとなるとかなり値段がするので、本当に図書館の絵本コーナーにはお世話になってます。

 それで、毎週、図書館に通ううちに覚えた、図書館で絵本をさがすときの小技を2つ(といっても当たり前のものですが……)。

 一つは、返却されたばかりの棚のチェック。誰かが借りた絵本ですから、それなりに選ばれる理由のある絵本が並んでいると言えます。たしかに、まあ、趣味に合わない絵本ばかりのこともあるのですが、人気のある絵本をいち早く入手できたりするので、まずはチェックです。

 もう一つ、閉架の絵本がねらい目。図書館によって違うと思いますが、私たちが通っている図書館では、開架で表に出ている絵本はごく一部で、閉架の倉庫にたくさん絵本が眠っています。開架になくても、コンピュータで検索してみると、閉架にはあったりします。また、人気のある絵本でも図書館で複数冊購入して、開架に1冊、閉架に2、3冊所蔵されていることもあります。ですので、図書館で絵本をさがすときは、開架にないからといってあきらめず、閉架も検索してみるのがおすすめです。最近だと、インターネット経由で蔵書検索や貸し出し予約ができる図書館も増えているので、閉架の絵本もさがしやすくなってきました。

 とはいえ、端末を操作するのではなく、絵本コーナーでじっさいに手にとって絵本をあれこれさがすのは、それ自体、楽しいものです。書棚のまわりをうろうろしながら、好きな絵本作家の未知の絵本を見つけたり、ぱらぱら立ち読みして新しい絵本を発見したり……。なんと言ったらいいか、何かはっきりした目的があって本をさがすのではなく、子どものころに自分で図書館に行きはじめたときのあの感覚です。

 でもまあ、子ども連れとはいえ、いい歳をしたおじさんが、図書館の絵本コーナーで「おおっ!」とか「これはすごい!」とかつぶやいているのは、我ながらけっこう不気味ですね(笑)。

ユリー・シュルヴィッツ『よあけ』

 山すその湖に訪れる夜明け。繊細な水彩画のタッチに読み聞かせの声も静かになる、そんな絵本です。

 この絵本の魅力はなによりも、夜明けに至る色と光の美しさです。深く静かな夜の様子、うっすらと夜が明けて風景が少しずつ色づいていく様子が、ゆっくりと描かれていきます。くろぐろとした山々、月に青く照らされた湖面、それらが夜明けが近づきだんだんと色を変えていく。その色と光の変化の静謐さ。

 また、紙面構成も工夫されていると思います。夜明けの移り変わりは、四角いページの真ん中に丸く描き出されます。まわりの紙面は白いまま。そして、ついに湖に朝の光が差しこみ「やまとみずうみがみどりになった」ところだけ、2ページすべての紙面を丸ごと使って描写されます。しかも、その数ページ前から、(たとえば映画でカメラが引いていくかのように)湖のほとりにいるおじいさんと孫や湖の上のボートからだんだんと視点を引いていき、山々と湖が一気に緑に染まる様子を広く遠く見せるのです。この紙面構成と色彩の効果にはため息が出ます。

 夜明けの風景のなかに登場する人間は、おじいさんとその孫の2人だけ。父と子じゃなくて、祖父と孫。この取り合わせがまたよい感じです。少し距離があるけどだから逆に居心地のいい関係かなと思います。その2人が湖のほとりの木の下で夜をすごし、夜明けを前にボートでこぎ出していく。2人の会話はとくになくて、おじいさんは静かな笑みを浮かべています。

 そして、もう一つの魅力が訳文の美しさ。たとえば、

つきが いわにてり、
ときに このはをきらめかす。
やまが くろぐろと しずもる。
うごくものがない。

おーるのおと、しぶき、
みおをひいて……
そのとき
やまとみずうみが みどりになった。

 作者紹介によると、ユリー・シュルヴィッツさんは東洋の文芸・美術に造詣が深く、この絵本のモチーフは唐の詩人柳宗元の詩「漁翁」から取られたのだそうです。この訳文は、
「漁翁」の詩も念頭におきながら作られたんじゃないかなと思います。

 原書の刊行は1974年。

▼ユリー・シュルヴィッツ/瀬田貞二 訳『よあけ』福音館書店、1977年