mk のすべての投稿

父親を取り込む子育て雑誌

 1ヶ月以上前の記事ですが、asahi.com、4月28日付け、asahi.com: 小学生持つパパ向けの雑誌、続々登場 – 教育。最近、次々と創刊されている子育て雑誌を取り上げています。大きな特徴の一つは、父親を読者に取り込もうとしている点であること。

 取り上げられているのは、プレジデント Family日経Kids+AERA with Kids Vol.1edu(エデュー)。こうして並べてみると、たしかに、ここ半年くらいで急に増えましたね。

 この手の雑誌が一つのジャンルを形成しつつある背景として、asahi.com の記事では、主に2点を挙げています。一つは、子どもをめぐる現在の状況の厳しさ。そして、もう一つは、企業広告の受け皿。これは実際に紙面を見れば一目瞭然ですね。記事なのか広告なのか判然としないページが非常に目に付きます。

 それはともかく、子育て雑誌のターゲットが父親であることの意味合いは、なかなか微妙だなと思いました。

 ポジティヴに見るなら、これまで育児に関わってこなかった父親の育児参加を後押しするものと言えますし、asahi.com の記事に書かれているように、仕事で忙しい父親にとっては、育児書を読むよりも雑誌の方が手に取りやすいかもしれません。どうしたらよいか分からないという育児の不安に応えてくれる貴重なメディアです。

 しかし、ネガティヴに見るなら、父親もまた「よき父親」のモデルに追い込まれる気配がなきにしもあらず……。というのも、こういう雑誌が推奨する父親は、本当に素晴らしいパパばかり。子どものためにいろんなことがスマートに出来る父親、子どもが喜ぶことを出来る父親、子どもの将来のことをきちんと考えてそのために必要なことをちゃんと出来る父親です。掲載されている写真もオシャレできれい、ちょっとワイルドな部分がありながら優しいというイメージ。とくに『日経Kids+』なんて、毎号、表紙はお父さんと子どものツーショットです。現役の父親の目からみても、あまりにまぶしすぎる……。

 これは母親の場合もそうだと思うのですが、「よき父親」の水準が高すぎると、息切れしてきそうですす。ただでさえ、最近は、家庭の教育力(しかし、教育力とは何?)がやたらと強調されている世の中です。たぶん、そのこともこの手の雑誌の背景にあると思いますが、しかし、目次を見ているだけで、なんだか疲れてきます。そんなに何でもかんでも出来る父親なんて、あまりいないと思うのですが……。

 このまま進むと、職場では業績主義に追いまくられ、家庭では子育て雑誌を片手にあれこれ悩む、そんな父親の姿も、あながち空想ではないかもしれません。あれもやらなきゃ、これやらなきゃと頑張りすぎて、それが子どもへの過度な要求に転化するなんてことも、ありえない話しではない気がします。

 子育てにおいて、もう少し肩の力が抜けるような、息が楽に出来るような、そんな社会であってほしいと願うのですが……。

 いやまあ、ちょっと考えすぎでしょうか? むしろ、父親の育児参加のきっかけになるというポジティヴな側面の方が大きいかな。うーん、なんだか分からなくなってきました……。

荒井良二さんによる「あいのて」ライブペインティング

 以前のエントリー、「絵本を知る: 荒井良二さんがNHK教育「あいのて」の美術を担当」で、荒井良二さんがNHK教育「あいのて」のスタジオセットをライブペインティングしたことに触れました。このときの様子が、「あいのて」の音楽監修を務められている野村誠さんのブログに書かれています。野村誠の作曲日記:[コラボ][子ども]子どもプロジェクトwith荒井良二さんです。

 読んでいて、ちょっと感動しました。ライブペインティングは、なんと10時間(!)にもわたって続き、その間、自然に野村さんたちとの「セッション」が生まれたそうです。ぜひ、リンク先の野村さんの文章を読んでみてください。美術と音楽という異なる表現様式でありながら、その相互作用から思いがけない何かが生まれてくる……すごいなあと思います。

 野村さんのエントリーの冒頭には、8月のワークショップ(?)のことが書かれています。福岡で、荒井さんと野村さんが一緒になり、子どもたちと何かを作るそうです。主催は九州大学ユーザーサイエンス機構の子どもプロジェクト。サイトは子どもプロジェクト:九州大学ユーザーサイエンス機構です。

 荒井さんと野村さんのワークショップ、どんな内容かなあ。できたら、ちょっと見に行きたいです。とはいえ、仕事がなあ……(涙)

「読み聞かせ」と著作権

 asahi.com、5月13日付けの記事、asahi.com:「読み聞かせ」に細かい注文 著作権めぐり作家ら – 暮らし。図書館や幼稚園などで行われる絵本の「読み聞かせ」や「お話会」について、著作権者への許諾の要・不要に関するガイドラインを、児童書四者懇談会が作成したとのこと。児童書四者懇談会に参加しているのは、日本児童出版美術家連盟、日本児童文学者協会、日本児童文芸家協会、日本書籍出版協会児童書部会。

 ガイドラインは、日本書籍出版協会からPDFファイルでダウンロードできます(ただし、ファイルのサイズが2.6Mもあるので、ダウンロードするのに時間がかかります)。

 すでに多くのブログで言及されていますが、どちらかといえばネガティブな反応が多いようです。私も、最初、asahi.com の記事を読んだとき、これはどうかなあと反発を感じました。

 ただ、PDFファイルをダウンロードして読んでみると、部分的にはそんなにおかしな内容ではないと思いました。営利使用の場合には許諾が必要であるという当然の原則をまず挙げているわけで、これはそれほど異論はないでしょう。しかも、観客から1円でも料金を取ったらダメというわけではなく、会場費や交通費、お弁当代、資料代、お菓子・ジュース代を徴集することは認めているわけです。グレーゾーンは残るでしょうから、そのあたりの判断の難しさはあるにせよ、割と妥当な線引きではないかと思います。

 その一方で、かなり大きな問題をはらんでいるのが、非営利であっても原本に少しでも改変を加えるなら、すべて許諾が必要としている点。具体的には10の利用形態が許諾を要するものとして挙げられています。引用します。

  1. 絵本・紙芝居の拡大使用(弱視者用も同じ)
  2. ペープサート
  3. 紙芝居
  4. さわる絵本
  5. 布の絵本
  6. エプロンシアター
  7. パネルシアター
  8. パワーポイント
  9. OHP
  10. その他、いかなる形態においても絵本の絵や文章を変形して使用する場合

 これは少々、杓子定規すぎると思います。なにせ弱視者用に拡大するのもダメ……。なんだかなあ。ここまで規制する必要が本当にあるのかなと疑問に思えます。

 ちょっと考えてみても、ある程度の大きさの会場で絵本の読み聞かせをするとなると、子どもたちに絵本が見えにくいケースが多々あると思います。私も子どもと一緒に図書館の読み聞かせ会に参加することがありますが、近くまで寄らないとよく見えません。小さな判型でも優れた絵本はたくさんありますが、それをそのまま読み聞かせしようとしても、子どもに見えなくては意味がありません。この点からすると、拡大使用(パワーポイントやOHPも含めて)はある程度認められてよいと思うのですが、どうでしょう。

 ペープサートや紙芝居、さわる絵本、等についても、子どもたちに絵本の世界に親しんでもらう一つのやり方と考えれば、ある程度は認められてよいと思います。もちろん、その場合には、出所を明示する必要があるでしょう。

 うがった見方かもしれませんが、「読み聞かせ会」で面白かった絵本を自宅用に購入することもあるでしょうし、絵本作家や出版社の情報を知る契機でもあります。ボランティアで行われている「読み聞かせ会」は、著作者や出版社にとって無料の広告媒体とも言えます。

 また、直接的な利益に結びつかなくても、そもそも「読み聞かせ会」や「お話会」は、子どもたちが絵本と出合う貴重な機会です。絵本の面白さ、楽しさを知るチャンスをもっと大事にしてよいと思うのですが……。

 ガイドラインの1ページの末尾には次のように記されていました。

絵本や児童文学作品の作り手と渡し手が、共に手を携えて作品世界の楽しさを子どもたちの心に届けられるよう、この手引きを活用されることを願っています。

 もちろん、作品の改変を無制限に許すことは決してできません。しかし、「作品世界の楽しさを子どもたちの心に届け」るためには、もう少し配慮があってよいと思います。

絵本ダイアリー

 4月25日付け、asahi.com の記事、asahi.com: 子の成長映す絵本日記 読み聞かせやりとり記録 – こどもの本。絵本の読み聞かせをを記録する日記帳が話題になっているそうです。グランまま社から刊行された『絵本ダイアリー』です。読んだ絵本のタイトル、子どもの反応、やりとり、親の感想などを書いていく日記とのこと。

 グランまま社のサイトは、絵本の樹美術館&グランまま社top新刊情報 絵本ダイアリーに詳細が載っています。実際のページの画像も掲載されています。編者は、絵本ナビ パパ’s絵本プロジェクトの田中尚人さん。

 田中さんの編者コメントには、『絵本ダイアリー』が生まれた経緯も記されていました。2人目のお子さんに読んだ絵本のことは大学ノートに記録しているそうですが、1人目のお子さんは記録しておらず、それをとても悔しく思ったのがきっかけとのこと。

 考えてみれば、自分の子どもと一緒に絵本を読むことは、本当に貴重な時間です。絵本を読んで、一緒に笑ったりしんみりしたり話をしたりすることは、子どもにとっても、親にとっても、かけがえのない体験です。それを記録した日記帳は、まさに宝物になると思います。

 私もブログのかたちで絵本のレビューを書いていますが、子どもを中心に、というよりは絵本を中心にした内容。子どもの反応ややりとりも少しは書いていますが、それほど多くありません。またブログを始めたのは、子どもの年齢がだいぶ上がってからなので、絵本を読みはじめた当初のことはかなり忘れています。

 それに、ブログは公開が前提になるので、あまり個人的なことを書くのはそぐわない気がします。以前はそうでもなかったのですが、だんだん、抵抗を感じるようになってきました。

 今からでも、絵本日記、付けてみようかな。

 ただ、手書きだと、私の字の汚さがネック。自分以外ほとんど判読不可能な位です(^^;)。また、手書きで書く時間をどうやって捻出するかが一苦労かも。いやまあ、日頃の時間の使い方を見直せば、そのくらいの時間は大丈夫かな。手書きの良さもあると思いますし、少し試してみようと思います。

スズキコージ『イモヅル式物語』

 うーん、おもしろい! この絵本は、福音館書店の月刊誌『おおきなポケット』に1995年4月から1996年3月まで連載された「イモヅル式物語」を単行本化したもの。4ページの短い物語が第1話から第12話まで、納められています。

 一話完結型になっているのですが、どれもスズキコージさんらしく非常にユニークです。ナンセンスでクスクス笑いたくなる感じなのですが、こんな発想どこから出てくるんだろうというくらい独創的(?)。一番強烈だったのは、「ヘビの古着屋」と「バリカンくんの仙人修業」かな。

 見返しには、「イモヅル式」について、スズキコージさんの簡単なコメントが記されていました。「次々と色々な楽しくてバカバカしい(?)事件を、……ダラダラとお見せする」のが「イモヅル式」とのこと。なるほど(?)。

 実際、この「イモヅル式」はいろいろなところに読み取れます。たとえば、エピソードとエピソードが、表裏2ページに描かれたイラストで繋がっているんですね。また、句点をあまり打たずに、長い文章が多い点も、「イモヅル式」を感じさせます。

 どんどん話が転がっていき、どこに連れて行かれるか分からない……即興というか、計算ずくではない勢いがあります。けばけばしい色調と激しいタッチも、実にパワフル。まさにスズキコージさんならではです。

 ところで、うちの子ども曰く「この絵本は図鑑みたいだねえ」。大きくて分厚いところがそうだとのこと。なるほどね。大きくてしっかりとした造本は、中の高圧エネルギーに似合っている気がしました。

▼スズキコージ『イモヅル式物語』ブッキング、2005年、[印刷・製本:株式会社シナノ]

五味太郎『きみは しっている』

 岩陰に隠した肉を取られてしまったコンドル君、いったい誰が盗んだんだろうと犯人を捜す物語。

 この絵本、かなり凝っています。一つは読者参加型であること。地の文の多くはコンドル君の語りなのですが、読者に話しかける調子になっており、それが面白い効果を生んでいます。読み聞かせをしていて、コンドル君になりきる感じで楽しいです。

 絵も、コンドル君が読者の方を真正面から向いているページがあったり、読者(子ども)の反応を前提にして作られているページがあったりして、ユニーク。絵本としては珍しい表現かもしれません。

 で、読者は、コンドル君の肉を見張っていたという設定になっています。だから、タイトルの通り「きみは しっている」というわけなのですが、ここがとても重要なポイントです。

 これ以上はネタバレになるので書けません。ぜひ、読んでみてください。あっ!と驚くこと請け合いです。うちの子どもも大受けでした。いや、面白い絵本です。

▼五味太郎『きみは しっている』岩崎書店、1979年、[印刷所:光陽印刷株式会社、製本所:小高製本工業株式会社]

谷川俊太郎/和田誠『とぶ』

 空を飛ぶ夢を見た「まこと」が本当に空を飛べるようになるという物語。まさにファンタジーなのですが、細やかで体感的な描写が印象的です。なにせ初めて空を飛ぶわけで、そのあたりの様子がきちんと言葉にされています。手足を使ってのバランス、空の上の静寂さや雲の冷たさなど、なにげない表現なのですが、飛ぶことの身体的な感覚がよく伝わってきます。

 絵は、和田誠さんの軽快な色彩がとても美しい。飛ぶとはいっても、ふわふわ浮いているような感じですね。飛行機のように空間を切り裂くのではなく、風にのって空と一体化するような感覚。たとえばマンガのように飛行のベクトルを強調するような表現はありませんし、また「まこと」の表情があまり変わらないことも、その自然さを表している気がします。

 そして、ラストページ。文章の付いていないこのラストページが、なにより強く心に響きました。なんだろうな。うまく言えませんが、未知なるものへの期待というか、そんなことを感じるのです。

 この絵本は、「こどものとも」50周年記念出版の1冊です。

▼谷川俊太郎 作/和田誠 画『とぶ』福音館書店、1978年(単行本化は2006年)、[印刷:精興社、製本:清美堂]

荒井良二さんがNHK教育「あいのて」の美術を担当

 4月から始まったNHK教育の幼児向けの新番組「あいのて」、荒井良二さんが美術を担当しています。番組のサイトは、幼稚園・保育所番組のひろば|あいのて

 サイトには荒井さんの名前は見あたりませんが、ちゃんとクレジットが流れていました。というか、実際に番組を見れば一目瞭然、最初のタイトルバックからして、まさに荒井さんの絵です。

 スタジオのセットもすべて、荒井さんならではの軽やかでカラフルな色彩が踊っています。もしかすると、登場するキャラクターの衣装デザインにも荒井さんが関わっているかもしれません。なんだかそんな気がします。

 荒井良二さんのマネージメント(?)を担当されているRights Management Inc.のブログ、くうねるしごとの3月31日付けのエントリー、くうねるしごと: 「あいのて」のスタジオセットメイキング番組明日放送によると、スタジオセットは、荒井さんがライブペインティングで作られたそうです。そのメイキング番組も、4月1日と8日にNHK教育で放送されたとのこと。がーん、見逃しましたー。非常に残念です。かなり貴重な映像ですよね。うーん、再放送してほしいなあ。

 それはともかく、サイトの説明によると、「あいのて」は幼稚園・保育所番組の一つ。身の回りの様々な音(ノイズ)に“あいのて”を入れ楽しむことをテーマにしているようです。いわば音楽のプロトタイプですね。実際の番組内容は、非常にユニーク。かなり可笑しいです。とくに受けたのは、「ワニバレエ」。ナンセンスかつシュールな歌と踊りです。

 番組の中心になっているのは、野村誠さんという作曲家の方。ウェブサイトは、野村誠のページ。即興演奏や幼児の音楽遊びについての本も出版されています。そのうち、読んでみたいと思いました。

 また、ブログ、野村誠の作曲日記も開設されていて、活発に活動されている様子がうかがえます。4月12日付けのエントリーには、「あいのて」の第1回目の放送について簡単なコメントが記されているのですが、テレビのスピーカーの音質の問題など、細部にまで気を配って番組を作られている様子が分かります。

 たしか、荒井良二さんも音楽活動をされていたと思うのですが、もしかすると野村さんとは知り合いだったりして……。

川端誠『さくらの里の風来坊』

 川端誠さんの「風来坊」シリーズの1冊。時代劇絵本ですが、派手な立ち回りもチャンバラもありません。侍たちの理不尽な仕打ちに何もできなかった「風来坊」が、一心不乱に木彫りの像を彫り上げるという物語。「風来坊」シリーズの他のものと違い、活劇としての要素はほとんどなく、読みようによってはかなり重いものが込められています。絵本としては異色と言ってよいかもしれません。

 とはいえ、立ち回りを演じるよりも、お寺のお堂でひたすら彫り続ける「風来坊」の姿は、見る者に強く迫ってくるように思います。考えてみれば、時代劇にとってチャンバラは一つの側面でしかなく、階級社会の矛盾やそこに生きる人びとの苦しみを描くこともまた、重要なテーマでしょう。その点からすると、この絵本は、時代劇絵本の一つの可能性を試したものと言えるかもしれません。

 ただ、武士と市井の人びとの隔絶などは、子どもにとっては、少々、難しいでしょうね。また、この絵本では、絵に描かれる時間の流れが直線ではありません。左ページに仏像を彫る「風来坊」の現在の姿、右ページにはフラッシュバックする過去の出来事が描写されています。このあたりも、絵本の表現としては珍しいでしょうし、小さい子どもには分かりにくいと言えます。

 それでも、川端さんの力強い筆致に引き込まれます。うちの子どもも、読み終わると、ふーっと息を吐いていました。タイトルにもなっている「さくらの里」の描写には、悲しい美しさがあります。

 ところで、川端さんの他の絵本でも感じたですが、川端さんの絵は、光の描写がなかなか鮮烈。骨太にぐいぐい描かれているように見えて、その一方では、明暗の対比や光の扱いがとても繊細であるように思いました。

▼川端誠『さくらの里の風来坊』BL出版、1997年、[印刷:丸山印刷株式会社、製本:大日本製本紙工株式会社]

ミコスラフ・サセック『ジス・イズ・ケープケネディ』

 ご存じNASAのケネディ宇宙センターのあるケープケネディ(ケープカナベラル)を描いたノンフィクション絵本。前半はケープケネディに隣接するココアビーチが描写され、後半は宇宙基地と、そしてロケットの発射です。

 ココアビーチはいわば「ロケット発射台の観光地」。あらゆるお店がロケットや宇宙に関係づけられていて、なかなか面白いです。

 ふつう、海外絵本の邦訳では、お店の看板などの表記は日本語に差し替えられる場合が多いと思いますが、この絵本では、原書の英語表記のままになっています。軽やかでカラフルな色合いとも相まって、それが、たいへん効果的であるように思いました。英語の手書きのレタリングを日本語に直していたら、雰囲気は台無しです。そもそも看板というのは、街の表情を伝える上で、とても重要なポイントじゃないかと思います。

 それはともかく、うちの子どもにとって魅力的だったのは、やはり後半の宇宙基地とロケットの描写。マーキュリー計画のアトラスロケットの打ち上げが臨場感たっぷりに描かれていきます。うちの子どもは、とくに様々なかたちのアンテナが面白かったようで、また1961年にチンパンジーがロケットに乗って弾道飛行に成功したことに驚いていました。

 実は私も、読んでいて、ずいぶん昔の話だなあと思ったのですが、あとになって気がつくと、原書“This is Cape Kennedy”の刊行は1963年なんですね。だから、マーキュリー計画成功の熱気がさめやらぬ時代に刊行されたわけです。まさに有人宇宙飛行の黎明期。現在とのタイムラグについては、巻末に少し注記がありました。日本との関係もふれられていて、この間のロケット開発のスピードを実感できます。

 別の見方をすれば、ロケットや宇宙旅行について、明るい希望を持っていた時代と言えるかもしれません。それは、ラストの数ページにも表れている気がします。というか、宇宙へのそうしたあこがれは、今でも変わりないのかもしれませんね。

 ただ、その一方で、ロケット開発が当時の冷戦を背景にしていたことも確かです。そのこともまた、この絵本からは、かなりはっきりと読み取れます。フロリダの青い空、美しいビーチ、宇宙への憧憬、最先端の科学技術、そして軍事開発。それが一つに集まっているのがケープケネディという場所。

 とはいえ、絵は明るく軽快。古さをまったく感じさせません。途中まで刊行年を勘違いしていたほどです。

 この絵本は、世界の様々な都市を取り上げた“This is ……”シリーズの一冊。他には、ニューヨーク、パリ、ロンドン、サンフランシスコ、ミュンヘン、等があるようです。また読んでみたいと思います。

▼ミコスラフ・サセック 著/松浦弥太郎 訳『ジス・イズ・ケープケネディ』ブルース・インターアクションズ、2006年、[装幀:加藤雄一、日本語版編集:荒木重光、印刷・製本:大日本印刷]