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川端誠『さくらの里の風来坊』

 川端誠さんの「風来坊」シリーズの1冊。時代劇絵本ですが、派手な立ち回りもチャンバラもありません。侍たちの理不尽な仕打ちに何もできなかった「風来坊」が、一心不乱に木彫りの像を彫り上げるという物語。「風来坊」シリーズの他のものと違い、活劇としての要素はほとんどなく、読みようによってはかなり重いものが込められています。絵本としては異色と言ってよいかもしれません。

 とはいえ、立ち回りを演じるよりも、お寺のお堂でひたすら彫り続ける「風来坊」の姿は、見る者に強く迫ってくるように思います。考えてみれば、時代劇にとってチャンバラは一つの側面でしかなく、階級社会の矛盾やそこに生きる人びとの苦しみを描くこともまた、重要なテーマでしょう。その点からすると、この絵本は、時代劇絵本の一つの可能性を試したものと言えるかもしれません。

 ただ、武士と市井の人びとの隔絶などは、子どもにとっては、少々、難しいでしょうね。また、この絵本では、絵に描かれる時間の流れが直線ではありません。左ページに仏像を彫る「風来坊」の現在の姿、右ページにはフラッシュバックする過去の出来事が描写されています。このあたりも、絵本の表現としては珍しいでしょうし、小さい子どもには分かりにくいと言えます。

 それでも、川端さんの力強い筆致に引き込まれます。うちの子どもも、読み終わると、ふーっと息を吐いていました。タイトルにもなっている「さくらの里」の描写には、悲しい美しさがあります。

 ところで、川端さんの他の絵本でも感じたですが、川端さんの絵は、光の描写がなかなか鮮烈。骨太にぐいぐい描かれているように見えて、その一方では、明暗の対比や光の扱いがとても繊細であるように思いました。

▼川端誠『さくらの里の風来坊』BL出版、1997年、[印刷:丸山印刷株式会社、製本:大日本製本紙工株式会社]