タイトルの通り、ネコの「シジミ」を描いた絵本。赤ちゃんのときに公園でひろわれたこと、「シジミ」という名前の由来、毎日の生活や他の動物との付き合い、泥棒が入ってきたときのこと、などが淡々と描写されています。
どうやら「シジミ」は、作者である和田さんちの実在の飼い猫のようです。登場する子どもの名前が「ショウちゃん」で、「おかあさん」の絵を見てもこれは和田さんの奥さんの平野レミさんですね。この「おかあさん」のエピソードが少しコミカルで笑えます。
実在のネコですから、この絵本では、まさに事実おこったことが変に飾り立てられることなく、ゆったりと描かれています。泥棒のエピソードも、ストーリーとして盛り上がるようなものではなく、あっさりとした描写。物語というよりは何かエッセーを読んでいるような印象です。
文章の語り手は「シジミ」自身。冒頭の一文を引用します。
ぼくは ねこです。なまえはシジミ。
夏目漱石の『吾輩は猫である』を彷彿とさせますね。そのあとの流れをみても、たぶん『吾輩は猫である』を念頭に置いて描かれたんじゃないかなと思います。
見開き2ページの左ページに文章、右ページに絵というのが基本のつくり。絵はどれも同じ大きさの四角に描かれており、銅版画に淡い色調の彩色、シンプルですっきりとしています。主人公の「シジミ」も、変にかわいかったり擬人化されたりすることなく、写実的に描かれています。絵のなかに人間はあまり登場しません。
物語としての盛り上がりもなく絵も淡泊となると、なんだか地味でおもしろみがないように思われるかもしれません。でも、この絵本、なんともいえない魅力があります。淡々とした、しかしあたたかみのある描写のなかで、「シジミ」が家族みんなに愛されてることが伝わってきます。そしてまた、静かな日常のいとおしさが深く実感できるように思いました。
うちの子どもは、この絵本、けっこう気に入ったようで、読み終わったあと「おもしろいねえ」と言っていました。後日もう一度読んだときには「この絵本は全部好き!」とのこと。実は図書館から借りるとき気に入らないかなと思っていたのですが、意外にもまったく逆の反応。うちの子どもは、こうしたゆったりとした描写の絵本も好きなんだあとあらたな発見です。
あと、うちの子ども曰く「絵を描くのに使えるねえ」。ネコの絵のことかなと思っていたら、色えんぴつのような画材で彩色されていることに惹かれたみたいです。
ところで、この絵本は、ほるぷ出版から刊行されている「イメージの森」シリーズの1冊。「イメージの森」シリーズは「新しい絵本ワールドにチャレンジする」と銘打たれているのですが、考えてみると、たしかにこの絵本、絵本としてはかなり意欲的かもしれません。人目を引くような派手な描写もなく実に淡々と「シジミ」の日常が描かれていく……。こういうスタイルの絵本は珍しい気がします。
けっこう大人向けと言えるかもしれませんが、でも、うちの子どもには大受けでした。なんだろうな。つまり、物語の起伏やあからさまなメッセージ、絵のはなやかさには寄りかからない、むしろ、そういったものとは距離を置いたおもしろさがあり、それもまた子どもにとって一つの魅力なんじゃないかと思います。なんとなくですが、そこには絵本の新しい可能性があるような気もします。
ともあれ、この絵本、おすすめです。
▼和田誠『ねこのシジミ』ほるぷ出版、1996年、[編集:トムズボックス]