ある日の晩ご飯のとき、小学生の「わたし」の家にのっそりと入ってきた一匹のネコ。それが「タンゲくん」です。この絵本では、その「タンゲくん」と「わたし」のかかわりあいが描かれています。
この絵本で魅力的なのは、なにより「タンゲくん」のたたずまい。
絵本に登場するネコというと、きれいで人なつこくてかわいいネコを思い浮かべるもしれませんが、「タンゲくん」はまったく正反対。表紙と裏表紙で一枚の絵になった「タンゲくん」をみても、世間一般で言うところのかわいさとは無縁です。名前のとおり、左目は大きな傷跡でつぶれていて片目、右目でぎょろりにらんでいます。毛並みもぼさぼさで、トカゲやバッタや気味の悪い虫を取ってきては「わたしたち」を驚かせます。お世辞にもきれいとは言えません。
しかも、人にこびるところがありません。「タンゲくん」は一応「わたし」の家のネコになるのですが、でも完全に飼い猫になるわけではありません。たとえばこんな感じ。
わたしは タンゲくんが だいすきです。
だから わたしは いいます。
「タンゲくんは わたしのねこだよね」
でも そんなとき、タンゲくんは「カ、カ、」と
へんなこえで ないて、すっと そとへ でていって
しまいます。
「わたし」が外で「タンゲくん」に会っても、「タンゲくん」は知らんぷりしたり隠れたりします。声をかけても、他のネコといっしょにどこかに逃げてしまいます。
そんな「タンゲくん」ですが、どこかにくめないんですね。まちでネコのケンカの声がすると、「わたし」は「タンゲくん」じゃないかなと心配になります。夜になると「タンゲくん」は家に帰ってきて「わたし」の上でまるくなります。「わたし」は「タンゲくん」を起こさないように、いつまでもじっとしているのです。
この「タンゲくん」と「わたし」の関係は、適度な距離がありながら、しかし深いところで通じ合っているようで、魅力的です。ベタベタしているだけより風通しがよくて、こういう関係が絵本のなかに描かれるのは、子どもにとっても(大人にとっても)けっこう大事なんじゃないかなと思いました。
また、そもそもネコは(野良ネコならなおさら)そんなに人なつこくないのが普通と思います。だから、へんにかわいく描かれたネコより、この絵本の「タンゲくん」の方がよほどリアルに感じます。
もう一つ、この絵本で気になったのが、「わたし」のお父さんとお母さん。この二人の関係もなかなか良いです。細かなところですが、たとえば、晩ご飯の場面でお父さんがお母さんにビールをついでいたり、別の場面ではお父さんが台所に立って炊事か晩ご飯の後かたづけをしている姿が描かれています。これらは物語の背景にすぎず、さりげない描写なのですが、「わたし」の家族の居心地のよさが伝わってきます。こんなお父さんとお母さんだからこそ、「タンゲくん」がはじめて家にやってきたときも何も言わずに受け容れたんじゃないかなと思いました。
絵はあざやかな水彩で、まずは「タンゲくん」がど迫力です。また、「わたし」が「タンゲくん」のことを心配したり気にかけたりする様子が繊細に描き出されていて、その気持ちの動きがよく伝わってきます。
▼片山健『タンゲくん』福音館書店、1992年