これはおもしろい! 弟とかけっこをしていて森に入った主人公の「ぼく」。暗くて薄気味悪い森のなかで、「おばけ」に追いかけられるという物語。
絵は、全編モノクロの鉛筆画。なにせ1969年の作品ですから、片山さんのその後の絵本とは、画材も筆致も彩色も、かなり趣が違います。とはいえ、画面の緊張感と迫力、生命を吹き込むかのような細部の筆遣い、うっそうとした森の描写などは、後年の作品とどことなく共通するところがあると思います。ただし、同じ森とはいっても、生命あふれる森ではなく、暗く何が出てくるか分からない森。まったく逆のベクトルと言えるかもしれません。
すごいなと思ったのは、森をわたっていく声の響きや「おばけ」の飛翔を、連続した絵の重なりで表現しているところ。いわば波動です。静止画でありながら、非常にダイナミックで、不思議な効果を生んでいると思いました。なんだか「おばけ」がすーっと接近してきて、画面の外に飛び出してきそうな印象すらあります。
そもそも、この「おばけ」、「ぼく」の呼び声に応えるようにして現れるんですね。声とはまさに言霊であることを感じさせられます。
登場する「おばけ」は、ほとんど巨大な顔だけ。しかも、無表情でありながら、どことなく薄ら笑い。これは不気味です。うちの子どもも少し緊張していました。なんだか悪い夢でも見そうなくらいです。
いや、もちろん、直截に恐いというわけではなく、シュールでユーモラスな感触もありますし、ちゃんとハッピーエンドにもなっています。それでも、木のうろの白く光る目や途中から消えてしまう動物たち、不安そうな「ぼく」の表情、転んで飛ばされる「ぼく」のくつ、など、なんとも常ならぬ雰囲気があるんですね。非常にサスペンスフルで、それがこの絵本の大きな魅力です。
あらためて見直すと、一番最初のページには「ぼく」と弟が公園(?)を散歩している様子が描かれているのですが、向かいのページでは黒い影の男の人が木の根もとに座って新聞を読んでいます。ここからすでに、あやしさが漂っています。
ところで、この絵本、図書館から借りたのですが、なかに折り込み付録「絵本のたのしみ」が添付されていました。片山健さんの写真とエッセイ、「『もりのおばけ』を描いたころ」が掲載されています。この写真がまた若いんですね。いまとは、だいぶ顔つきが違うような……(なんて、失礼ですね^^;)。
エッセイでは、この絵本を福音館書店に持ち込み、ほとんど即決に近いかたちで採用されたこと、年の離れた二人の幼い弟をモデルにしたこと、描いている途中で友人に遊びに誘われたこと、片山さんのお子さんもこの絵本を好んでいたこと、などが記されています。なかなか興味深いです。
▼片山健『もりのおばけ』「普及版こどものとも」11、福音館書店、1969年