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酒井駒子『よるくま クリスマスのまえのよる』

 クリスマスイブの夜、「ぼく」と「よるくま」の不思議な交流を描いた絵本。主人公の「ぼく」は、サンタさんが来てくれるかどうか心配しています。なぜなら、「ぼく わるいこだから。きょう ママに いっぱい しかられたから」。ここがなんとも切ない。考えてみれば、クリスマスイブはとても楽しみな時間、もしかすると子どもにとって1年で一番わくわくするような幸福な時間。ところが「ぼく」は心配でたまらないのです。だからこそと言うべきか、「ぼく」はやって来た「よるくま」にサンタクロースのことを教えてあげ、自分が「よるくま」の「サンタさん」になってあげる……。

 前作の『よるくま』を読んだときも思ったのですが、なんとなく愛情に対する不安が一つの共通のモチーフのように感じます。前作では、たしか「おかあさん」をさがす「よるくま」の描写がたいへん鮮烈でした。画面が黒く彩色され「よるくま」は涙を流していたと思うのですが、その画面に至ったとき、うちの子どもがハッとして緊張したことを覚えています。今回は前作のような強い描写はありませんし、一応、ハッピーエンドです。それでも、子どもの不安感が底にあることは伝わってくるような気がします。

 そして、そういう不安感は子どもにとっては日常的なのかもしれません。不安がまったくないことがよいことなのかどうか、私はよく分からないのですが、とはいえ、その不安にきちんと寄り添うことができているかどうか、あまり自信がないです。

 それはともかく、この絵本では「よるくま」と「ぼく」の最初の出会い(?)がもしかすると描かれているのかも。「ぼく」がいまより小さいときに「よるくま」をプレゼントされている様子が回想(?)のようなかたちで描写され、また「ぼく」のベッドにはいつもクマのぬいぐるみが置いてあります。前作でどう描かれていたのかよく覚えていないのですが、あるいはこのクマのぬいぐるみが「よるくま」なのかも。

▼酒井駒子『よるくま クリスマスのまえのよる』白泉社、2000年、[装丁:坂本佳子]

『絵本のつくりかた1』(その1)

 以前紹介した『飯野和好と絵本』が含まれている「みづゑのレシピ」シリーズの第一弾。『飯野和好と絵本』と同じく、絵本を自分で作りたい人向けの本です。

 「おりがみ絵本」や「ポップアップ絵本」、「布絵本」「ものさし絵本」「色紙や包装紙を使った絵本」といった手作り絵本の作り方が説明されています。それぞれ、100%ORANGEさん、あだちなみさんといった絵本作家の方々、わたなべいくこさん、立本倫子さん、アトリエ・グリズーさん、赤崎チカさんといったデザイナーの方々にじっさいに制作してもらい、そのプロセスが具体的に分かるようになっています。

 手作りの造本方法についても写真付きで一つ一つ詳細に説明がありました。さらには、印刷や自費出版に関しても紙幅がさかれています。かなり実践的です。

 絵本作り以外には、絵本作家の方へのインタビューや絵本にまつわる話題がいろいろ載っていました。どれもそれほど分量はありませんでしたが、おもしろかったものを紹介します。

 まず、酒井駒子さんのインタビュー(40~48ページ)。絵本の世界に入ったきっかけが語られています。酒井さんはもともと和物のテキスタイルデザインの仕事をされていて、その後、編集者でトムズボックスを主宰する土井章史さんと編集者兼デザイナーの小野明さんによる絵本のワークショップ「あとさき塾」に通ったのだそうです。

 以前紹介した『ロンパーちゃんとふうせん』や『赤い蝋燭と人魚』の鉛筆描きのダミーも写真が掲載されていました。最初、「ロンパーちゃん」は人間の子どもではなくヒツジだったそうです。上記の2冊も含めて、それぞれの絵本の着想や背景が語られていて、なかなか興味深いです。

 それから、巻末には絵本作家15人へのアンケートがありました(108~111ページ)。質問は、「Q1 これまでつくった絵本のなかで、ベストワンをあげるとしたら?」「Q2 絵本作家になるための資質とは、どんなものだと思いますか? 作家になるための勉強とは? 絵本作家を志す人へのアドバイスをお願いします。」の2つ。

 個性的な回答が寄せられており、おもしろいです。とくにQ2に対するスズキコージさんの回答は、まさにスズキコージさんならではのものと思います。引用します。

A2 迫力ある生活をする事
(109ページ)

 妙に納得できます(笑)。

 その他、武井武雄さんの刊本作品の紹介や、荒井良二さんと竹内通雅さんが即興で共作した巨大絵本(見開きで約2メートル四方!)のレポートなども、興味深かったです。

 ただ、残念なことに、この本は季刊『みづゑ』の記事の再録が多く、どれもそれほど分量がありません。もう少し詳しく知りたいなあと思いました。

▼みづゑ編集部 編『みづゑのレシピ 絵本のつくりかた1 あこがれのクリエイターとつくるはじめての物語』美術出版社、2003年、定価 1,995円

酒井駒子『ロンパーちゃんとふうせん』

 まちでふうせんをもらった「ロンパーちゃん」、家でいっしょに楽しく遊ぶのですが、風にふかれ木にひっかかってしまって……

 この絵本でまず印象的だったのは色彩の美しさ。全体にわたってグレーと白と黒を中心にした彩色で、かすれた筆致で描かれています。まるでモノクロ映画のようです。このかすれた色合いがたいへん美しいのですが、そのなかにあってなにより目を引くのが、ふうせんの明るい黄色。ふうせんに付いているひもが青であることも、黄色をより鮮やかにしていると思います。

 と同時に、ふうせんの明るい黄色は、たぶん「ロンパーちゃん」自身にとってそのように見えているんじゃないかなと思いました。自分のまわりの世界から浮かび上がってくる黄色。それがすべてであるかのように、視線がくぎづけになってしまう。

 というのも、「ロンパーちゃん」にとって、ふうせんはただのふうせんではなく、友だちというか、いわば自分と同じ生を宿したものです。「ロンパーちゃん」は、浮いているふうせんに花を見せてあげ、ままごと遊びをします。いっしょにふとんで寝ようと思い自分の寝間着の帽子をかぶせてあげるつもりでした。帽子をかぶったふうせんはまるで人間のように見えます。

 この彩色と描写からは、作者である酒井さんの視点がつねに「ロンパーちゃん」に寄り添っていることを感じます。いわばカメラのピントが「ロンパーちゃん」におかれているというか、じっさい絵の枠はほとんどいつも「ロンパーちゃん」を中心にしていて、他のものは枠の外にはみ出ています。ふうせんもまた、ちょうどロンパーちゃんの背丈ほどに浮かんでいます。中心に置かれた「ロンパーちゃん」の一つ一つのしぐさと様子は実に繊細に描かれていて、うれしさや悲しみといった感情の動きが伝わってきます。

 こういう子どもの日常のこまやかな描写は、酒井さんならではのものかもしれません。というのは、以前紹介した『この絵本が好き! 2004年版』のなかに酒井さんのエッセー(56~57ページ)が収録されていたのですが、これが非常に印象深かったのです。

 「手帳から、みっつ……」と題されており、酒井さんの身のまわりの3つのエピソードがスケッチされていました。短い文章ですがどれもとても魅力的です。2つは酒井さんが出会った子どもたちの様子を描いており、読んでいると、まるで映画を見ているかのようで、ふっと映像が立ち上がってきます。絵本作家に対してあるいは失礼かもしれませんが、酒井さんの(絵本のみならず)エッセーをもっと読んでみたいと思いました。

 あと、酒井さんのエッセーで興味深かったのは、それぞれのエピソードの終わり方。うまく言えませんが、ありがちな安易なむすびになっていないんですね。紋切型をはずすというか、そんな感じがしました。

 そのことは、この『ロンパーちゃんとふうせん』にも当てはまるかもしれません。読み聞かせを終えたとき、うちの子どもは「え、続きはないの?」と聞いてきました。たしかに、先のストーリーがまだあるかのような終わり方です。他の方の絵本ならもう少し物語を続けるかもしれません。でも、こういう終わり方も余韻があってよいと思います。

 もう一つ印象深かったのは、「ロンパーちゃん」の「おかあさん」。最初、ふうせんがすぐに天井に上がってしまい、そのつど「ロンパーちゃん」に取ってくれるようせがまれます。そのとき「おかあさん」はにっこり笑って喜んで取ってくれるかというと、そうではありません。

「やれやれ どうぞ」
「やれやれ これじゃあ かなわない」

 このセリフ、本当にささいなものですが、とてもリアルに感じました。なんとなく「しょうがないなあ」という感情がにじんでいます。

 しかし、だからといってイライラしたりせず、ちょっとした工夫をするんですね。ああ、すごいなあと思いました。

 自分のことを振り返ってみると、日ごろ親としてこのように大らかにまた機知に富んだ豊かな対応をしているだろうかと少し気になりました。何かというとイライラしてしまったり、言わなくてもいいことを子どもに言っていないかどうか。あまり自信がないです。

 さりげない描写ですが、この「おかあさん」のように子どもに接することができたらなと思いました。

▼酒井駒子『ロンパーちゃんとふうせん』白泉社、2003年