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ジョン・バーニンガム『ボルカ』

 生まれつき、羽が生えていないガチョウの「ボルカ」。お医者さんガチョウの勧めで、お母さんガチョウは毛編みの羽を編んであげます。「ボルカ」は大喜び。しかし、一緒に生まれたきょうだいのガチョウたちはそんな「ボルカ」を笑うだけ。仲間に入れない「ボルカ」は、飛ぶことも泳ぐことも覚えられません。「ふつう」ではないがゆえに周りに受け入れられない「ボルカ」。

 しかも、そのうち誰も「ボルカ」を気にとめなくなってしまいます。毛編みの羽を編んでくれたお母さんガチョウですら、日々の忙しさのゆえに「ボルカ」のことが見えなくなってしまう……。

 きょうだいに捨てられ親にも捨てられてしまう「ボルカ」。いや、「捨てる」という能動的な行為の対象ですらありません。ただ単に「忘れられてしまう」のです。これほど切なくつらいことはないんじゃないかと思います。親しき者たちのなかで自分の存在が、いつの間にか無きものになってしまうわけです。

 そして、冬が近づいた、ある寒くて湿っぽい日、「ボルカ」を残して、ガチョウたちはみんな南へ旅立ってしまいます。

 しかし、ボルカは、いきませんでした。ボルカはとべなかったのです。いかないで、ボルカは、ひっそりかくれ、みんなの出かけるのを、見まもっていました。ボルカがいっしょじゃないなんて、だれも、きがつきませんでした。とおくまでの旅行のことをかんがえるだけで、みんな、せいいっぱいでした。

 こうして独りぼっちになってしまった「ボルカ」を救うのが「クロムビー号」。「ボルカ」が偶然入り込んだ船です。「ボルカ」はすぐにイヌの「ファウラー」や「マッカリスター船長」、船員の「フレッド」と仲良しになり、一緒にロンドンに向かいます。そして、ロンドンの「キュー植物園」で他のガチョウたちと一緒に幸せに暮らすというのがラスト。

 なんとなく思ったのですが、「ボルカ」を助けるのが船乗りというのは、何か含意があるような気がします。いろんなところを旅して、いろんなことに接してきた船乗りだからこそ、「ボルカ」をごくふつうに受け入れられるのかも。

 また、「ボルカ」が幸せに暮らすのがロンドンというのも興味深いです。ロンドンでは「ボルカ」に羽がないことなど誰も笑ったりしません。つまり、都市とは、多様な他者が互いにきずなを結び生きる場。まあ、本当にそうなのかどうか、若干、疑問が残る気もしますが、都市というもののある一面を捉えていると思いました。

 ところで、この絵本は、ジョン・バーミンガムさんが27歳のときにはじめて出版した絵本だそうです。私もそんなに読んでいるわけではありませんが、後年の作品と比べると筆のタッチが力強く、また色合いもより鮮やかな印象。また、なんとなくですが、ページによって彩色の仕方や色の出し方が変化しているような気がします。もしかすると実験的に試行錯誤しながら描かれたのかもしれません。

 とはいえ、たとえば夏が終わり秋が深まっていくことを表した画面の微妙な色合いはとても美しく、あるいは、ガチョウたちがいっせいに飛び立っていく姿のいわば幾何学的な表現もおもしろいです。

 あと、やはり印象的なのは「ボルカ」が悲しみに沈む画面。たとえば、毛編みの羽をみんなに笑われてアシの茂みで泣くところや、みんなに置いてきぼりにされて入江でたたずむところ。広い空間のなかに「ボルカ」がぽつんと立ちすくみ、かすれた色合いの空に夕日がにじんでいます。うち捨てられた「ボルカ」の孤独と寂寥がなにより迫ってくるように感じました。

 あらためて考えてみれば、こうした絶望のふちに追いつめられるというモチーフは、以前、読んだ『ずどんと いっぱつ』にも読み取れました。ハッピーエンドも同様です。なんとなく、バーミンガムさんの表現のもっとも基底にあるものの一つが伺える気がします。

 それはともかく、巻末の「訳者あとがき」によると、登場するキャラクターの名前にはいろいろ工夫があるのだそうです。日本語の訳文ではその含意が十分に伝えられないため、少し説明が記されていました。なかなか興味深いです。

 原書”BORKA The Adventures of a Goose with no Feathers”の刊行は1963年。この絵本、おすすめです。

▼ジョン・バーニンガム/木島始 訳『ボルカ はねなしガチョウのぼうけん』ほるぷ出版、1993年

ジョン・バーニンガム『ジュリアスは どこ?』

 うーん、これはおもしろい! 子どもは遊びに熱中するとご飯を食べることも忘れてしまいがち。うちの子どもも「ご飯だよ」と言っても、ちっともテーブルにつかないで遊んでいたりします。で、よく怒るわけですが(^^;)。この絵本は、そんな子どもたちと食事をモチーフにしています。

 登場するのは、「トラウトベックさん」とその「おくさん」、息子の「ジュリアス」。「ジュリアス」はいつも忙しくてお父さんやお母さんといっしょにご飯が食べられません。何が忙しいのかといえば、イスやカーテンやほうきで部屋に小さな家を作っていたり、世界の反対側に行くために穴を掘っていたりと遊んでいるわけですが、だんだんエスカレートしていき、エジプトのピラミッドを登ったり、ロシアの荒れ野をそりで横断したり、チベットの山の頂上で日の出を見たりと、すごいことになっていきます。この暴走ぶりがとてもおかしい。というか、子どもの遊びにはこういうところがあるなあと思います。

 で、「トラウトベックさん」や「トラウトベックのおくさん」がご飯を「ジュリアス」のところに運んであげるわけです。運ぶといっても、なにせアフリカやロシアまで行くわけで大変です(^^;)。すごいなあと思うのは、「ジュリアス」がテーブルにつかないからといって怒るわけでもなく、実にたんたんと料理を作り「ジュリアス」のところまで持っていくこと。これは物語の最後の最後まで一貫しており、表紙と裏表紙にも描かれているのですが、私にはとてもまねできません。すぐに怒ってしまいそうです。まあ、ここまでやってあげるのは甘やかしすぎという気もしますが、でも「ジュリアス」の楽しそうな様子を見ていると、たまにはありかな。

 この絵本は、ページのつくりもおもしろい。はじめの見開き2ページで「トラウトベックさん」や「トラウトベックのおくさん」がご飯を作っている様子(左ページ)とご飯を運んでいる様子(右ページ)が描写され、セリフのなかでメニューも紹介されます。で、めくった次の見開き2ページいっぱいに、アフリカやロシアやチベットにいる「ジュリアス」の様子が描かれるようになっています。ここには文章はなく、また非常に美しい彩色です。最初の見開き2ページがかなり白っぽい画面であるため、なおさら、めくった次の見開き2ページの印象が強烈。ご飯をいっしょに食べるなんて、そんな小さなことはどうでもよくなってきます。

 それからもう一つおもしろいのが、必ず一匹の動物が登場して「ジュリアス」のご飯を少し食べてしまっているところ。最初の見開き2ページにすでに出てきています。「あ、ソーセージを食べてる!」「今度はオレンジ!」……といったふうに、うちの子どもとだいぶ楽しみました。とても愉快な趣向です。

 ところで、この絵本にはイギリスの家庭料理がたくさん登場します。なかにははじめて聞くものも。そのためか巻頭には辻クッキングスクールによる料理の説明が載っていました。なかなか興味深いです。ローリーポーリープディングとかアップルクランブルといったお菓子がおいしそう。

 原書の刊行は1986年。この絵本、おすすめです。

▼ジョン・バーニンガム/谷川俊太郎 訳『ジュリアスは どこ?』あかね書房、1987年

ジョン・バーニンガム『ずどんと いっぱつ』

 「だれがみたって みにくい めすのこいぬ」「シンプ」、まちはずれのごみ捨て場に捨てられてしまいます。ネコに追いかけられたり、野犬狩りに捕まったり、たいへんな目に遭いながら、サーカスのテントにたどりつきます。そこで出会ったのが「ピエロのおじさん」。「シンプ」の考えた曲芸でサーカスの人気者になるという物語。

 ラストはハッピーエンドなのですが、途中まではいったいどうなるんだろうと少しドキドキしました。とくに「シンプ」が捨てられる画面では、見開き2ページの半分以上にわたって暗く陰鬱なごみ捨て場が描かれ、ページの上部では「おじさん」が「シンプ」をまさに捨てています。めくった次のページは、遠くに消えていく「おじさん」のワゴンを「シンプ」が見つめている画面。

どうして わたしだけ ひとりぼっちで おいていかれるの。どうすればいいんだろ。

なんだか本当に切なくなる描写です。だからと言うべきか、後半のサーカスで「シンプ」が活躍する一連の画面は、本当に楽しい。

 絵はかすれたような彩色がとても美しいです。部分的にモノクロでペン描きされているところもあって、それがアクセント。「シンプ」は黒イヌなのですが、みにくいということはなく、とぼけた雰囲気の無表情がよいです。

 うちの子どもは、読む前に表紙に描かれている「シンプ」の絵を見て、「このイヌ、何かに似てるねえ。ほら、この前読んだでしょ」と言って、絵本の箱のなかから『コートニー』を取り出していました。なるほど、たしかに目のあたりが似ています。

 考えてみれば、『コートニー』は、もらい手のいない老犬があっと驚く大活躍をする物語でした。捨てイヌがサーカスの人気者になる『ずどんと いっぱつ』と共通のモチーフを読みとれるように思います。なんとなく、弱者に対するバーニンガムさんのあたたかい視線が感じられます。

 あらためて見ると、とびらの次のページには、黒イヌの写真と「アクトンにささぐ」という献辞が記されていました。この「アクトン」は、もしかしてバーニンガムさんが飼っているイヌかもしれませんね。原書の刊行は1966年。この絵本、おすすめです。

▼ジョン・バーニンガム/渡辺茂男 訳『ずどんと いっぱつ』童話館、1995年