月別アーカイブ: 2005年9月

アンソニー・ブラウン『くまくん まちへいく』

 まちにお出かけした「くまくん」、「ねこ」と仲良くなります。ところが、その「ねこ」は、動物を倉庫に閉じこめる怪しげな男たちに捕まってしまいます。そこで、「くまくん」が「ねこ」と動物たちを助け出すというストーリー。

 アンソニー・ブラウンさんの絵本といえば、細部の仕掛けが魅力ですが、この絵本では、だいぶブラックな雰囲気になっています。表紙からして既にブラック。本文でもたとえば「くまくん」と「ねこ」がウィンドーをのぞく肉屋。よーく見ると、とびらの下から真っ赤な血(?)がしみ出ています。ウィンドーのなかも、どことなく不気味です。

 そして、一番恐ろしいのが、動物たちをさらって倉庫に閉じこめる男たち。黒の帽子に黒のコートとズボン、黒靴に黒の手袋と、みんな全身黒ずくめです。しかも、コートの袖と帽子、また動物たちを運ぶ黒塗りの自動車には、髑髏のマーク入り。うーむ、姿格好からは、なんとなく第二次世界大戦中のナチスを連想させます。顔の表情がずっと見えず陰鬱な雰囲気で、「ねこ」をぐいっとわしづかみにするところや、「まぁーて!!!」と叫ぶところなどは、かなりの怖さ。絵本の表現としては、だいぶ強いと言えるかもしれません。

 もちろん、この絵本は、そんなブラックなところばかりではありません。なにより楽しいのが、主人公の「くまくん」。登場する他の動物たちが割とリアリスティックに描かれているのに対して、「くまくん」はぬいぐるみ。真っ白い体で、赤地に白の水玉のリボンを蝶ネクタイにして付けています。丸いお目々もチャーミング。

 しかも、この「くまくん」、魔法の鉛筆を持っているんですね。この鉛筆は、描いたものがそのまま本物になるという優れもの。「くまくん」は魔法の鉛筆を使って、「ねこ」や動物たちを救出し、大活躍するわけです。黒服の男たちをきりきりまいさせるところは、開放感に満ちていて、楽しい描写。

 鉛筆で描いたものが実体化するのは、なんとも軽やかで視覚的にもおもしろいです。こういう「描く」という営みそれ自体に焦点を当てるのは、アンソニー・ブラウンさんの他の絵本にも共通に読み取れるモチーフかなと思います。

 あと、動物たちのなかでは、羊が興味深い。よくは分からないのですが、何か寓意が込められているのかもしれません。

 うちの子どもは、黒服の男の口のなかに注目していました。一見して恐ろしい絵柄ですが、よーく見ると、アンソニー・ブラウンさん独特のユーモアが感じ取れます。

 原書”Bear goes to Town”の刊行は1982年。

▼アンソニー・ブラウン/あきのしょういちろう 訳『くまくん まちへいく』童話館、1994年、[印刷・製本:大村印刷株式会社]

「こどものとも」の記念誌が12月に刊行

 福音館書店のこどものとも50周年記念ブログ、いつも楽しみにしているのですが、こどものとも50周年記念ブログ: 福音館からのお知らせ第10回に、たいへん楽しみな告知が載っていました。なんと、12月初旬に、これまでの「こどものとも」「こどものとも年中向き」のすべてを紹介する記念誌、『おじいさんが かぶを うえました—月刊絵本「こどものとも」50年の歩み』が刊行されるそうです。

 内容紹介を少し引用します。

本文256ページの中には、様々なジャンルの絵本の紹介、著者ごとの紹介、絵本誕生の秘密、こどものとも603作品(増刊号含む)、年中向き200作品、計803作品すべての紹介、と盛りだくさんの内容です。

 上記のうち「絵本誕生の秘密」は、「こどものとも50周年記念ブログ」に掲載されているエッセイとは別で、すべて違う絵本作家の方の原稿になるそうです。これは本当におもしろそう。今から実に楽しみです。256ページということで割とコンパクトですが、どんな造本になるかも注目ですね。

 ウェブログで連載しているエッセイも書籍にまとめるといいんじゃないかなと思いますが、どうでしょう。

 ともあれ、今回の記念誌、期待して待ちたいと思います。

桑原隆一/栗林慧『アリからみると』

 これは、すごい! アリの目線から撮影した写真絵本。トノサマバッタ、イナゴ、ウスバキトンボ、ショウリョウバッタ、オオカマキリ、ノコギリクワガタにカブトムシと、いろんな虫たちの驚きの写真が次から次へと登場します。まさにセンス・オブ・ワンダー。

 文字通りアリの視線から見ているので、どの虫たちも画面に収まりきらないほど巨大で、ものすごい迫力です。私もうちの子どもも思わず「おーっ!」と感嘆の声を上げたほどです。

 ページをめくっていると、まるで自分がアリになったような感覚。なんだか怪獣映画のような趣もあります。アリがトノサマバッタやオオカマキリを見上げる構図は、人間がゴジラを見上げる構図と同じなんですね。青い空や遠くの木々などが背景に写っており、画面に奥行きがあることも、そんな感覚を起こさせます。

 また、虫たちの格好良さは特筆もの。キリリと伸びた足、鋭角的に曲げられた環節、木々や地面をがっちりつかむツメ、まるで鎧のように整えられた硬い外皮、繊細な模様を浮きだたせた羽……なんともいえない機能美に満ちています。クワガタやカブトムシの角なんて、(もともと魅力的ではありますが)普段見ているのとは別物の立派さ。昆虫という生き物の凄みを感じ取れます。

 ところで、考えてみると、これらの写真は、アリの目に本当に映っているものとはだいぶ違うんでしょうね。昆虫の眼は複眼ですし、視野も広いでしょうから、写真とは異なる景色が見えていると思います。その意味では、アリの「目」というよりは、アリの「視点」から見る、と理解するのがよいかもしれません。もちろん、だからといって、この写真絵本の素晴らしさは変わりありません。

 それはともかく、この写真、どうやって撮影したんだろう? たぶん特殊なレンズや機具を用いるのでしょうが、虫たちは逃げたりしないのかな。なんだか舞台裏を知りたくなってきます。検索してみたら、カメラマンの栗林慧さんは、同様の写真絵本を何冊も公刊されており、解説書も執筆されていました。今度また図書館で探してみようと思います。

▼桑原隆一 文/栗林慧 写真『アリからみると』福音館書店、2001年(「かがくのとも傑作集」としての刊行は2004年)、[印刷:日本写真印刷、製本:多田製本]

シャーロット・ゾロトウ/メアリ・チャルマーズ『にいさんといもうと』

 兄さんと小さな妹の絆を描いた絵本。「にいさん」はいつも「いもうと」をからかって泣かせてばかりいます。でも、本当は「いもうと」をとても大事に思っているんですね。だから、泣かせるとはいっても、それはあくまでカッコだけ。ちゃんとフォローしていて、「いもうと」もすぐにニッコリ。

 この絵本では、そんな日々のエピソードが幾つも描かれていくのですが、二人のやりとりが実にほほえましい。一つ一つのしぐさが繊細に描き出されていて、二人がとても仲良しであることがよく伝わってきます。読んでいて、なんだか、あたたかな気持ちになります。

 とくに印象的なのは色の配置。黒以外には、明るい青と黄の二色しか使われていないのですが、それは「にいさん」(青)と「いもうと」(黄)の服の色なんですね。そして、最後に二人が一緒に描く「おひさまのえ」はまさに青と黄で彩色されています。青い空の中ほどに黄色の「おひさま」が浮かんでいる絵。

 この絵は、まさに二人の絆の深さを表現しているように思えてきます。からかってばかりいるけれども、「いもうと」をあたたかく見守っている「にいさん」。それは、裏表紙に描かれた二人の姿にも表れています。

 原書”Big Brother”の刊行は1960年。なんとも可愛い絵本です。

▼シャーロット・ゾロトウ 文/メアリ・チャルマーズ 絵/矢川澄子 訳『にいさんといもうと』岩波書店、1978年、[印刷:精興社、製本:牧製本]