月別アーカイブ: 2005年5月

中川ひろたか/あべ弘士『わにのスワニー しまぶくろさんとあそぶの巻』

 これはおもしろい! ワニの「スワニー」とシマフクロウの「しまぶくろさん」が、かくれんぼや、だるまさんがころんだで一緒に遊ぶという物語。全部で3つのお話が入っています。それぞれのお話の後ろには、「スワニー」と「しまぶくろさん」各々の絵日記が1ページずつ付いていて、それがアクセント。

 おかしいのは、なんといっても「しまぶくろさん」のキャラクター。茶目っ気があって、とぼけていて、「スワニー」とのやりとりはまるで漫才のよう。ついつい吹き出してしまいます。うちの子どもも、ウヒウヒ、大受けしていました。曰く「しまぶくろさんって、おかしいよねえ」(^^;)。

 いや、よく読んでみると、「しまぶくろさん」、かなり真面目で論理的なんですね。フクロウという設定にぴったりの思慮深さ。しかし、そのロジックがどこかずれているというか、真面目であるがゆえのおかしさがあるわけです。

 絵のなかでも、子どもっぽい「スワニー」に対して、「しまぶくろさん」はたいへん立派なフクロウとして描かれています。それがまた、実際の言動とのギャップがあって、おかしさを増しています。

 それはともかく、ちょっとすごいなと思ったのは、「スワニー」が子どもで「しまぶくろさん」が大人のおじさんであること。大人である「しまぶくろさん」の方がある意味、子どもっぽくて、子どもの「スワニー」に突っ込まれたり諭されたりするわけです。子どもと大人の間のこういう人間関係は、現実にはなかなかないんじゃないかなと思います。「スワニー」と「しまぶくろさん」のやりとりを見ていると、なんだか羨ましくなります。子どもと大人がこんなふうに風通しのよい友情を育むことができたなら、私たちの社会もだいぶ変わるんじゃないか、そんな気がします。

 それから、3つのお話の後の絵日記も、なかなか含蓄があると思いました。それぞれ相手のことを絵日記に書いていて、なんというか、相手とつながっていることの貴重さ、相手と共にあることの楽しさが伝わってきます。

 絵日記の絵は、サインペンやクレヨンのような画材が使われ、いかにもの雰囲気。文章の部分も、「スワニー」と「しまぶくろさん」とでは、筆跡が違っています。これ、どうやって書いたのかな。もしかすると右手と左手で書き分けたのかもしれませんね。

 あと、表紙と裏表紙の見返しには4コマ漫画が付いていて、こちらもユーモラス。全部読んで、うちの子ども共々、楽しみました。

 巻末の作者紹介の写真も必見。黒ブタ(?)の隣にうんこ座りする2人のおじさんが写っています(^^;)。

▼中川ひろたか 作/あべ弘士 絵『わにのスワニー しまぶくろさんとあそぶの巻』講談社、2001年、[装丁:山根カホリ(Layup)]

荒井良二さんとリンドグレン記念文学賞(その3)

 「その3」ということで、今回は、2つのクリップ情報を簡単に紹介したいと思います。

 一つ目は、スウェーデンに行かれる前の荒井さんへのインタビュー。毎日新聞の記事、MSN-Mainichi INTERACTIVE 話題です。記事の日付は2005年5月18日。

 受賞の連絡がいきなり携帯電話にあったこと、小学生のとき絵に目覚めたこと、子ども向けのワークショップのことなどが語られています。

 とくにワークショップに関する次の言葉が印象深いです。

「子供を手のひらであやすようなことはしたくない。全身でぶつかりたい。僕の絵を『うまい、上手』じゃなく『自分にも描ける』って思わせたい」。

 子どもを子ども扱いするのではなく、一人の独立した個人として捉えるということ。だから、変に優しくしたり受けをねらったりしないということ。これは、絵のワークショップだけでなく、私たち大人が子どもに接するときに常に大事な点なんじゃないかなと思いました。

 あと、「絵本の時間は短い」という言葉も、たしかにその通りだなあ。うちの子どもたちと、あとどのくらい一緒に絵本が読めるんだろう? なんだか、いま子どもたちと共有している時間が本当に貴重に思えてきます。

 二つ目は、帰国後の最初(?)のイベント情報です。青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山 にて、6月4日(土)に荒井さんのトークショーが開かれます。詳細は青山ブックセンター イベント情報に掲載されています。これは新刊絵本の刊行にも合わせたもののようです。

 たぶん、あちこちから講演やワークショップの依頼が荒井さんに殺到しているんじゃないかな。しばらくはお忙しいかもしれませんね。

荒井良二さんとリンドグレン記念文学賞(その2)

 荒井さんの話題が続きますが(^^;)、今日は、地元新聞の人欄に荒井良二さんが登場していました。これも共同通信社の配信かもしれません。

 今回の受賞にさいし、スウェーデンのストックホルムで子どもたちと開いたワークショップが、取り上げられています。また、絵との出会いや絵本を志したときの経緯が記されていました。荒井さんは大学一年のときにアメリカの絵本に出会い「やりたいこと」が分かったのだそうです。

 少し引用したいと思います。

小学校一年生の時、学校に行かず、家で絵ばかり描いていた。親や先生に理由を問い詰められ、自分も分からなかった当時の気持ちがよみがえる。「今はかつての六歳の僕に元気を出せよと言いながら、そのままでいいんだよ、ゆっくりでいいんだよと伝えたい」

 実は去年の夏、荒井さんのトーク&サイン会に参加しました。そのとき、荒井さんは、まわりを走り回りマイクにいたずらばかりしている子どもたちを、なんとも自然に受け入れていたことを思い出します。お話が終わって、開場の奥にあったホワイトボードに落書きをしている子どもたちに荒井さんはすっと入っていかれ、一緒に絵を描いていました。荒井さんの絵本が発しているメッセージは、荒井さんのお人柄にも表れているように感じました。このトーク&サイン会のときのことは、近いうちに、なんとか記事にしたいと思います。

 ところで、今回の受賞では、式典以外にもいろいろお忙しかったようです。アストリッド・リンドグレン記念文学賞のサイト Astrid Lindgren Memorial Awardには、受賞者ウィークの案内が掲載されていました。Prize winner’s week 22-28 Mayです。荒井さん関連のところを少し抜き書きしてみます。

  • 5月22日:午後にjunibackenでサイン会
  • 5月23日:午前は記者会見、夕方は国立図書館で講演
  • 5月24日:午前は子どもたちとワークショップ、午後は芸術大学Konstfackで講演
  • 5月25日:午前は子どもたちとストーリー・セッション、夕方から授賞式とレセプション
  • 5月26日:夕方から国際図書館で講演

 かなりのハードスケジュール。だいぶお疲れかもしれませんね。スウェーデンの人たちがどんなふうに荒井さんの講演や絵本に反応されたのか、ちょっと知りたいです。でも、たぶんスウェーデンでも、荒井さんはごく自然に子どもたちのなかに入っていかれたんじゃないかなと思います。

荒井良二さんとリンドグレン記念文学賞(その1)

 昨日、リンクを張った、アストリッド・リンドグレン記念文学賞のサイト Astrid Lindgren Memorial Awardですが、いろいろ見ていたら、日本語のプレスリリースが公開されていました。Press release in Japaneseです。左のページから日本語のPDFファイルにリンクされています。このプレスリリースは3月16日付け。今回受賞した荒井さんとイギリスのフィリップ・プルマンさんの紹介、受賞の理由、アストリッド・リンドグレン記念文学賞の説明、などが書かれていました。

 なかなかおもしろいと思うので、荒井さんの受賞理由の文章を引用します。

「荒井良二(日本)は、斬新、大胆、気まぐれ、全く独自の発光力を持つ絵本画家である。彼の絵本は、子供と大人に同時にアピールする暖かさを発散し、茶目っ気のある喜びと奔放な自然さがある。絵の具は、彼の手を経てあたかも音楽の流れのように常に新しいアドベンチャーへ飛び出し、子供達に自分で描き、語らせたがる。子供達にとって、描くこと自体が詩的で偽りのないストーリーアートである」。

 「独自の発光力を持つ絵本画家」……、うーむ、まさにその通りですね。この「発光力」という言い回しは、いかにも翻訳調ですが、しかし、荒井さんの絵本のかなり重要なところを捉えている気がします。というか、実際、荒井さんの絵はまさに「発光」していますよね。あと、「音楽の流れのように」というのも、なんだか納得できます。

 同じく上記のページからリンクされているPDFファイル(日本語)では、荒井さんの作品に関するかなり詳しい説明、というかレビューが掲載されています。翻訳調の堅い文章ですが、こちらも興味深いです。

 たとえば、次のような理解は、かなり当たっていて、おもしろいと思います。

荒井良二の絵の世界には、あり得ないことがない。そこには、都会生活のせわしい表現と森の安らぎと海の穏やかさとが同居している。

 これらのプレスリリースを読んでみると、今回の受賞では、荒井さんの絵本がかなりきちんと評価されていることが分かります。

 アストリッド・リンドグレン記念文学賞のサイトには他にもいろいろ情報が掲載されているので、少しずつ見ていって、そのうち紹介できたらと思います。

荒井良二さん、アストリッド・リンドグレン記念文学賞の授賞式

 共同通信社配信の記事で、荒井良二さんが受賞したアストリッド・リンドグレン記念文学賞授賞式の様子が伝えられています。

スウェーデンの世界的な児童文学賞、アストリッド・リンドグレン記念文学賞の授賞式が25日、ストックホルムで行われ、絵本作家の荒井良二さん(48)=東京都在住、山形市出身=と英国の児童作家フィリップ・プルマンさんに賞状と賞金各250万クローナ(約3700万円)が贈られた。

 笑顔の荒井さんがビクトリア王女と握手している写真も付いていました。あのぼさぼさ髪に無精ヒゲと丸メガネ、割とちゃんとした服装ですが、よく見ると、白のシャツがズボンからはみ出してますね(^^;)。なんか、いいなー。とても荒井さんらしい気がします。

 それで、少し調べてみたら、アストリッド・リンドグレン記念文学賞のサイトが見つかりました。Astrid Lindgren Memorial Awardです。スウェーデン語と英語の両方で開設されています。

 荒井さんのプロフィールやインタビュー、絵本の紹介や著作リストもあり、かなり充実した内容。荒井さんのセルフポートレートは、あの鮮やかな色彩による自画像です。

 英語はなかなか厳しいのですが、どんなふうに評価されているのか、ちょっと知りたいですね。そのうち読んでみようと思います。

 ともあれ、荒井さん、本当におめでとうございます。

甲斐信枝『たんぽぽ』

 春を迎えて、たんぽぽが成長し花を咲かせ、綿毛が開き、そして風に乗って飛んでいく様子を描いた絵本。

 絵はたいへん写実的。とくに観音開きで4ページ分の横長スペースにに描かれる、綿毛たちのいわば旅立ちの画面や、たくさんの綿毛が飛び散っていく画面は、ハッとするような美しさです。

 そして、この絵本で何よりも印象的なのは、綿毛が飛んでいったあとを描いたラストの5ページ。これには本当に心動かされました。たんぽぽの花や綿毛を取り上げた絵本はたくさんあると思いますが、その後のたんぽぽを正面からきちんと描いた絵本は、あまりないんじゃないかと思います。

 いや、何か派手な画面が現れるわけではありません。色彩という点で言えば、ラスト5ページはとても地味です。しかし、その静かな画面を通じて、命が続いていくことの力強さ、ひたむきさを強く実感できます。

 甲斐信枝さんの「あとがき」も必読です。端正な文章のなかに、たんぽぽという一つの生命に対する甲斐さんの真摯で繊細なまなざしを感じ取れるように思いました。

 ところで、この絵本、一読して私はかなり感銘を受けたのですが、うちの子どもは、あまりお気に召さなかったようでした(^^;)。ちょっと残念。でもまあ、こんなことも、たまには、ありますね。

▼甲斐信枝『たんぽぽ』金の星社、1984年(月刊絵本『しぜんのくに』1972年3月号「たんぽぽ」をあらたに編集し直したもの)。

たむらしげる『ひいらぎはかせとおおたつまき』

 またまた「ひいらぎはかせ」シリーズの1冊。今回、「ひいらぎはかせ」は、大竜巻に家ごと吹き飛ばされ、宇宙に飛び出してしまいます。まちのいろんな建物や住人たちも、一緒に宇宙に出てしまうのですが、「ひいらぎはかせ」の奇想天外なアイデアでみんな一緒に地球に戻ります。

 今回も、うちの子どもの大好きなアイテムがいろいろ登場。一番おもしろいのは、やはり「うちゅうロケットひいらぎごう」ですね。いや、冷静に考えるなら、そんなバカなと突っ込みどころ満載なのですが、そのユニークな造形とものすごい仕掛け、楽しそうな制作場面など、なんだか工作心をくすぐります。

 カバーには、作者のたむらしげるさんの短いエッセイが掲載されていました。題して「空想旅行のすすめ」。「どこでもない世界」を旅した旅行記がこのお話とのこと。地上数センチを浮いているような発想、「空想」科学と呼ぶのがふさわしい物語、そして軽やかな色彩は、たしかに「旅行記」という表現がぴったりかもしれません。

 ところで、実はうちの子どもは、数日前に妻と一緒にこの絵本を読んでいたのですが、今日お風呂に入っているとき、まだ読んでいない私にストーリーを説明してくれました。それが、実に楽しそうな語りぶり。少し実際の物語と違っているところもありましたが、ラストのドーナツは、言っていたとおりの楽しいオチでした。うちの子どもは、「ひいらぎはかせ」のシリーズが本当に大好きなんだなあ(^^;)。

▼たむらしげる『ひいらぎはかせとおおたつまき』フレーベル館、1990年

たむらしげる『ひいらぎはかせのバイキンたいじ』

 たむらさんの「ひいらぎはかせ」シリーズの1冊。今回は、恐怖(?)の「ハリガネバイキン」に感染した、まちのみんなを「ひいらぎはかせ」が救います。

 この「ハリガネバイキン」の症状(?)が実におもしろい。人も動物も、生きていて動くものはすべて、ハリガネみたいに、ごく細になってしまうのです。人間であろうが、イヌであろうが、ゾウであろうが、細い線と曲線だけに省略されています。厚みがまったくなくなってしまい、でも、線の全体の形状だけでそれぞれの生き物が表現され、非常に新鮮。軽やかで、なんだか視覚的な楽しさがあります。カバーに掲載された、たむらさんのエッセイでは「物の形を抽象化する」と記されていました。なるほどなあ。

 もちろん、そのように抽象化されるといっても、たむらさんならではの楽しい描写はいっぱいです。細くなると軽くなってしまうとか、重いものが持てなくなるとか、割と合理的(?)に描かれていて、それがまたおもしろいです。

 なかでも一番おかしいのは、「ひいらぎはかせ」が「ハリガネバイキン」をどうやって退治するか。現実にはありえない解決策なんですが、でも、一種の言葉遊びとも言えそうです。

 うちの子どもは、ロボットが「ハリガネバイキン」に罹らないことに感心していました。とくに説明があるわけではないのですが、うちの子ども、さすがによく見ています(親ばか^^;)。

▼たむらしげる『ひいらぎはかせのバイキンたいじ』フレーベル館、1990年

川端誠『ばけものつかい』

 川端誠さんの落語絵本シリーズの1冊。ご隠居の人使いならぬ、「ばけものつかい」がおもしろいです。

 お話はだいぶ理解しやすいと思うのですが、うちの子どもはオチがよく分からず、説明してようやく合点がいったようです。落語絵本シリーズで以前読んだときも、そんな反応でした。どうも、うちの子どもにはまだ難しいようです。

 それでも、うちの子どもは、このシリーズが大好き。図書館でも自分で持ってきます。川端さんの骨太でユーモラスな筆致に惹かれるんですね。

 この絵本でも、ご隠居が、一つ目小僧やろくろっ首や大入道をビシバシ働かせる画面は、縦長の構図の繰り返しとそのなかの描写の変化がリズミカル。マンガのようなニュアンスもあります。なかでも楽しいのが大入道。画面から大きくはみ出る巨体なのに、ご隠居にこき使われいて、それが、なんとも可笑しいです。

 巻末の「あとがき」には、落語と絵本の類縁性が語られていました。なかなか興味深いです。短い文章ですが、必見かも。

▼川端誠『ばけものつかい』クレヨンハウス、1994年(初出:月刊『音楽広場』1993年12月号「おはなし広場」)

つちだのぶこ『ポッケのワンピース』

 つちだのぶこさん待望(?)の新作。最近は齋藤孝さんと組んだ「声にだすことばえほん」シリーズが続いていたので、つちださんが文も絵もすべて作られた絵本は久しぶりです。

 主人公は「ブブノワさん」という女の子。ポッケが10個もあるワンピースを「おかあさん」が作ってくれたのですが、森に出かけると、いろんな動物たちが「ポッケに はいって いい?」とたずねてきます。「どうぞ」と言っているうちに、ポッケは動物たちでいっぱいになり、そのうち、とてもポッケに入りそうにない「こぐま」まで入ろうとします。さあ、いったいどうなってしまうのか?

 この物語、ラストには実に楽しいオチが待っています。うちの子どもも、みんながポッケに入っている画面には、ニコニコしていました(^^;)。

 狭い空間にぎゅうぎゅうみんなが入っていくという展開は、なんとなく、エウゲーニー・M・ラチョフさんの『てぶくろ』を彷彿とさせます。もちろん、あちらは一つの手袋で、こちらは10個のポケット、画面の雰囲気もオチもまったく異なります。とはいえ、みんなが一緒にいることの楽しさ、ぴたっと接していることの心地よさは、共通かなと思いました。

 というか、みんながポッケに入っている画面のなんともいえない幸福感は、子どもが例えば「だっこして」と言ってくっついてきたときのあの感覚にも似てる気がします。相手に自分を預ける(預けられる)ときの幸せな一体感と言っていいかもしれません。その幸せな感覚が、この絵本では、ポッケでみんなが一緒になるというかたちで表現されているように思いました。

 それから、もう一つ印象深いのは、「おかあさん」がワンピースを作る場面。採寸して布を裁ちミシンで縫っていくというステップが一つ一つ描写されていきます。カタカタカタというミシンの軽快な動作音、そして、出来上がりを楽しみに待っている「ブブノワさん」。

 ここの画面のつくり、なんとなくですが、つちださんの『でこちゃん』に共通に見て取れる気がしました。「てこちゃん」がお母さんに髪を切ってもらう画面では、そのプロセスが見開き2ページに順に描かれ、そして、チョキチョキというハサミの音が画面を縦横に走っていきます。女の子とお母さんの交流というモチーフも同じと言えるかもしれませんね。

 ミシンやハサミの音、それは単に機械や道具の音ではなく、人の手と気持ちがこもった音のように思えます。そんな音に包まれてお母さんと一時をすごす……。料理の音も同じかもしれません。お父さんにはそういう音があったかな、ちょっと不安になります(^^;)。

 それはともかく、画面をよく見ると、つちださんの他の絵本に登場するキャラクターがそれとなく描き込まれています。これも、楽しい趣向です。

 うちの子どもは本当にポッケが10個あるか、指さして数えていました。「あ、ほんとだ、10個あるね」(^^;)。

▼つちだのぶこ『ポッケのワンピース』学習研究社、2005年(初出:月刊保育絵本『おはなしプーカ』2004年4月号)、[編集人:遠田潔、企画編集:木村真・宮崎励・井出香代、編集:トムズボックス]