夏の絵本を代表する名作。とても評判がよいのでずっと気になっていたのですが、今回はじめて読みました。本当に途方もなく美しい絵本。ページをめくりながら、感嘆のため息しか出ません。
物語は、夏休みに従兄弟の「こうちゃん」の家に遊びに行った「だいちゃん」の一日。川エビをすくいに行ったり、海で釣りをしたり、潜ったり泳いだり、浜辺でご飯を食べたりと、楽しい水遊びの様子が描かれています。
なにより印象深いのは、海や川の水面の色合い。陰影に富み、光と影にゆらめく水面は、底の深さまで感じさせます。ときとところによって表情を変えていく水の描写が、実に美しい。とりわけ浅瀬に足を入れている画面は、水底の砂に波の影や魚の影、足の影が重なり、「だいちゃん」と一緒になって、ゆらゆら揺れる海水を感じることができます。本当に自分の足を浅瀬に入れているような感覚。
もう一つ、すごいと思ったのは、夜明け前の暗がりから明るい昼、夕暮れ、夜へと、画面全体にわたって夏の一日の光の移り変わり、明暗が非常に繊細かつ鮮やかに描き出されているところ。空の色、海の色、山の色、そして空気の色、すべてが少しずつ変化していき、一つ一つの画面にその瞬間の夏の光が写し取られています。
文章の付いていないラストページ、丸電球といろりの火に照らされた食卓も、自然の光とはまた違い、人工的でありながら暖かみのある色合いで、とても美しく、また親しみ深く感じました。
それにしても、こんなふうに自然に抱かれ夏を丸ごと感じ取るなんて、今では、なかなか難しいかもしれませんね。うちの子どもたちは、夏をどんなふうに感じているんだろうと、少し考えてしまいました。
また、この絵本に描かれているのは大家族で、しかも近隣のつながりの強さも示唆されています。こういう社会環境も、今では失われつつあるのかもしれません。
裏表紙の見返しには、大村湾に面した物語の舞台の地図が付いていました。主人公の「だいちゃん」は、作者の太田大八さんご自身でしょうか。自伝的絵本と言えそうです。
▼太田大八『だいちゃんとうみ』福音館書店、1979年(こどものとも傑作集としては1992年)、[印刷:精興社、製本:精美堂]