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平野直/太田大八『やまなしもぎ』

 病気で寝たきりの「おかあさん」に「おくやまの やまなし」を食べさせようとする兄弟の物語。一番目の「たろう」も二番目の「じろう」も、山梨もぎの途中で「ぬまのぬし」に食べられてしまいます。末っ子の「さぶろう」がどうするかが物語のヤマ。

 まずは、「たろう」「じろう」と「さぶろう」の対比が、おもしろいです。「たろう」も「じろう」も、どことなく、こましゃくれた印象なのですが、これに対し「さぶろう」は素直でまっすぐな風情。それほど強調されてはいませんが、微妙な描写の違いがあります。

 そして、この対比は、そのまま、山梨もぎに向かった3人のその後の道行を反映しています。人間にせよ人間ならざるものにせよ、他者の声に耳をかたむけるかどうかが、「たろう」「じろう」と「さぶろう」を分かつポイントなんですね。ある意味、教訓的と言っていいかもしれません。

 それはともかく、この物語には「ばあさま」と「ぬまのぬし」という、いずれも人間ならざるものが登場するのですが、両者とも、かなりの迫力。なにより眼の色が違います。とくに「ぬまのぬし」は、巨大なサンショウウオのような生き物。いぼいぼの皮膚で全身緑色です。そんな薄気味悪いものが、沼の底からゆっくりと浮かび上がり、「たろう」も「じろう」も「げろりっと」飲み込んでしまうわけです。これは怖い。

 「ぬまのぬし」の描写では、水面に影がゆらりと映る画面、そして、波を荒立てて大きな口に長い舌で迫っくる画面、この静と動の対比がたいへん印象的。絵本全体で見ても、緊張感に満ちた不気味な静けさのあるところと、激しいアクションが連続するところとが明確に際立っていて、非常にダイナミックに感じました。

 また、あらためて見直すと、表紙と裏表紙の見返しは、陰影に富んだ深みのある藍色で彩色されています。緑の葉を付けた蔓(?)があしらわれているのですが、この藍色はおそらく沼の色ですね。何が出てくるか分からない、そんな底知れなさを感じます。

 ところで、巻末の著者紹介によると、「やまなしもぎ」の物語は、岩手県八重畑尋常高等小学校の高等2年生だった小原豊造さんの話を、平野直さんの友人の古川安忠さんが報告してくれたものだそうです。平野さんが民話採集に取り組むきっかけになったとのこと。たしかに、この物語、先を読みたくなってくる(聞きたくなってくる)、そんな魅力に満ちていると思いました。

▼平野直 再話/太田大八 画『やまなしもぎ』福音館書店、1977年