月別アーカイブ: 2006年9月

平山和子『いちご』

 冬から春、夏にかけて、イチゴが育っていく様子を描いた絵本。つぼみができ、花がさき、実がなるまで、一つ一つ丹念に描かれていきます。最後は、平山和子さんの他の絵本と同じく、ボールに盛られたたくさんの真っ赤なイチゴと、それを食べる子どもの姿。

 この絵本で面白いのは、地の文が会話体になっているところ。黒字の文はラストページに登場する子どもです。そして、赤字の文は、おそらくイチゴそれ自体。二人(?)の会話で、イチゴの生長の様子が語られていきます。

 会話は問いかけと応答になっているのですが、とくに黒字の文からは「早くイチゴが実らないかな」という子どもの期待感が表れていて、読んでいるこちらも自然と気持ちが引き込まれます。

 そして、この絵本の一番すごいところは、イチゴが実った画面。見開き2ページいっぱいに描かれています。これは必見です。ここ以外のページは、どちらかと言えば淡々とした描写の積み重ねなのですが、ここの2ページは明らかに突出しています。いや、変な感想かもしれませんが、あまりの迫力に、あっけにとられるというか、笑ってしまうというか、そんな感じです。

 何がそんなにすごいのか、これはぜひ実物を見てほしいと思います。ある意味、平山さんのモチーフの一つがはっきり表れている気がします。以前、平山和子さんの『くだもの』を取り上げたエントリーで、えほんうるふさんからもらったコメントに、「慈愛の表現」というキーワードがありました。「歓待」と言い換えてもよいかもしれませんが、まさにそれが表現されていると思います。

 過剰なまでに相手をもてなすというか、自分のことは棚に上げて相手に尽くすというか、そういう桁外れの慈愛です。それが、イチゴが実った画面の絵と文にいわばあふれ出ていると思いました。それはまた、より一般的に見るなら、子どもに対する愛情の一つの在り方なのかもしれません。いや、すごい絵本です。

▼平山和子『いちご』福音館書店、1984年、[印刷:大日本印刷、製本:多田製本]

ユージーン・トリビザス/ヘレン・オクセンバリー『3びきのかわいいオオカミ』

 タイトルにも伺える通り、有名な「三匹の子豚」をもとに、これを改変した物語。パロディと言えなくもないですが、それ以上のメッセージが込められていると思います。

 一つ目は、これもタイトルから読み取れますが、ブタとオオカミの立場が完全に逆転していること。

 この絵本に登場する3匹のオオカミは、たいへん可愛く愛らしいです。他の動物たちとも仲良くやっていけますし、クロッケーやテニスといったスポーツもたしなみます。なんだかやさしげな表情で、凶暴さのかけらもありません。これに対して、ブタは実にワル。見るからに凶悪で暴力の限りを尽くします。

 こうした立場の逆転は、それ自体おもしろいものですが、同時に、私たちが慣れ親しんでいるイメージの恣意性ないし人為性を際立たせていると思います。

 二つ目は、ストーリーに独得のひねりが加えられていること。

 まず、オオカミが最初に建てる家は、「三匹の子豚」のように藁の家でも木の家でもありません。最初からレンガの家なのです。そして、このレンガの家をブタは壊してしまい、そのためオオカミはもっと頑丈な家を建てていくわけです。最初からレンガですから、このあとのストーリーは「三匹の子豚」よりももっと激しいものになります。防衛が強固になればなるほど、攻撃と破壊もより激烈になっていきます。

 このストーリー展開は、結果として、暴力の拡大とエスカレート、そのある種の不毛さをより明確に描き出していると思います。

 そして、「三匹の子豚」とはまったく異なる結末。暴力はどんどんひどくなる一方で、いったいどうなるんだろうと思っていたら、なるほどのハッピーエンドです。いや、若干、類型的と言えなくもないですし、理想論すぎると言ってもよいのですが、しかし、興味深いと思いました。

 「いままで まちがった ざいりょうで うちを つくってた」オオカミたちが最後に見つけた材料とは何だったのか。「三匹の子豚」の場合には、相手に合わせてより強固な材料を使い、そうすることで相手に打ち勝つわけですが、この絵本では、いわば逆転の発想で違う答えを見つけています。家を作る材料をモチーフにして別の方向に展開していくさまは、しなやかで軽快、なかなか良いです。

 また、面白いのは、絵もまたストーリーに合わせてどんどん変化しているところ。暴力がエスカレートするにつれて、画面はだんだん荒涼としていきます。色が消え、不毛の大地が広がるわけですが、これが一気に反転してカラフルな色彩に満たされます。物語とよく呼応しているように感じました。

 もう一つ、画面をよく見ると、所々にオオカミたちの大事なモノがさりげなく描き込まれています。これがラストページで生きてくるんですね。「ケンカしてないで、お茶でも飲もうよ!」といったメッセージが聞こえてきそうです。

 あ、上では暴力とか書きましたが、恐いとかいったことはまったくないです。むしろユーモラス。うちの子どももとても面白がっていました。

 原書“The Three Little Wolves and the Big Bad Pig”の刊行は1993年。

▼ユージーン・トリビザス 文/ヘレン・オクセンバリー 絵/こだまともこ 訳『3びきのかわいいオオカミ』冨山房、1994年、[印刷:凸版印刷株式会社、製本:加藤製本株式会社]

稲田和子/川端健生『しょうとのおにたいじ』

 この絵本、2年ほど前にも簡単な紹介のエントリーを書いています。稲田和子/川端健生『しょうとのおにたいじ』です。

 そのときは、いろいろ謎があるなあと思っていたのですが、最近、やっと分かりました。うちの子どもと一緒に読んでいて、ハッと気が付いたのですが、鬼が「3匹」というのは、そういうわけだったんですね。地の文には何も語られていませんが、絵のなかにさりげなく描き込まれています。

 もう一つ、この絵本の裏表紙もまた、物語の結末を表現していることに気付きました。本文は、鬼退治の少しだけ残酷な描写で終わっているのですが、裏表紙には、その後の「しょうと」の姿が描かれていると思います。「しょうと」がどこにいるかがポイントかなと思いました。

 上記の両方とも、文には表されることなく、絵のみによって表現されています。川端さんの絵の描写は、なかなかすごいです。

 というか、このくらい最初に読んだとき気付よ、自分、って感じですね(^^;)。

▼稲田和子 再話/川端健生 画『しょうとのおにたいじ』「こどものとも」1996年2月号(通巻479号)、福音館書店、1996年、[印刷・製本:精興社]

講談社がコンビニで絵本を販売(その2)

 先日のエントリー、「講談社がコンビニで絵本を販売」でふれたコンビニでの絵本販売ですが、YOMIURI ONLINEの9月11日付けの記事、絵本はコンビニで : 出版トピック : 本よみうり堂 でも取り上げられています。

 記事によると、すでに2004年末に講談社はコンビニで絵本の販売を始めているそうです。写真も掲載されていますが、回転式の専用棚を用意しているとのこと。

 出版社側の事情としては、先のエントリーでも紹介したのと同じく、絵本販売の新規ルートの開拓ですね。今回の記事では、コンビニ側の事情として、昼間の売上増とイメージアップの2点が挙げられています。実際、幼稚園の近所や病院内のコンビニでは絵本がよく売れているとのこと。なるほどなーと納得です。

 また、記事では、これまで絵本販売の中核を担ってきた中小書店の減少により、ここ数年、絵本の売り上げが伸び悩んでいることが記されていました。

 思うのですが、中小書店が減少していった背景要因には、郊外型の大規模書店の進出やネット書店利用の拡大と並んで、コンビニの普及もあったように思います。つまり、通常の書籍については大規模書店やネット書店にお客を取られ、雑誌やマンガについてはコンビニにお客を取られるという構図です。

 そうしてみると、コンビニも一つの要因となって絵本の販売ルートが縮小していき、それに対応するために、コンビニで絵本を販売していくというわけで、なんだか皮肉な展開にも思えてきました。

 あと、今回の記事で注目されるのは、コンビニの販売時点情報管理システム(POS)で売れ筋を分析し、販売絵本を入れ替えていくという点。コンビニですから、絵本の販売実績もシビアに解析されていくわけですね。

 ある意味、当然の販売戦略と言えます。しかし、ちょっとどうかなーと感じるところもなきにしもあらず。

 通常の書店であれば、販売実績だけでなく、いわば絵本の「質」を重視して棚をつくることもあると思います。売れるかどうかはともかく、この絵本を読んでほしい・読ませたいという思いで絵本を置くこともあるでしょう。これに対し、コンビニの場合には、すべて「売れる」絵本でおおわれる傾向が強い気がします。もちろん、スペースが限られていることもあるでしょうが、しかし、POSで分析して売れる絵本だけで棚をつくるとなると、そこには絵本に対する「思い」が入り込む余地はあまりなくなるように感じます。

 まあ、考えすぎかもしれませんね。でも、せっかくだから、おまけ付き絵本だけじゃなく、もうちょっとスタンダードな絵本も置いてほしいところです。コンビニにとっても、そのほうがイメージアップになると思うのですが、どうでしょう。