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『飯野和好と絵本』(その1)

 この本は、『ねぎぼうずのあさたろう』等のチャンバラ時代劇絵本で知られる飯野和好さんが、絵本作りのノウハウを語った入門書。主として、絵本を自分で作ってみたいという人向けの本ですが、飯野さんの絵本が好きな方にとってもなかなかおもしろいと思います。

 はじめに口上(?)が記されていました。

「このたび、私、おきて破りの絵本塾を始めることにいたしました。皆さまに、かけがえのない一冊の絵本をつくっていただくため、飯野の仕事の舞台裏、すべてお目にかけてしまいやしょう。
我まま勝手なやり方は、どうぞご勘弁。
それでは、わらじのひもをきゅっと締めて、いざ、まいろうかぁ~!」(6ページ)

 付けられた写真が、満開の桜の下、渡世人風の格好で二カッと笑う飯野さん。楽しい雰囲気です。

 絵本塾は、ご存じ「ねぎぼうずのあさたろう」と「にんにくのにきち」が弟子になって進みます。アイデア発想法、キャラクター作りやストーリー作り、下描きから着彩、画材選び、さらには手製本の仕方に至るまで、一つ一つていねいに説明されています。写真もたくさんあり、絵本を作ってみたいという人にはたいへん参考になると思います。雑誌『みずゑ』誌上で1年間にわたって読者の一人が飯野さんのアドバイスのもと絵本を実作した過程も再録されていました。かなり実践的です。

 自分が本当に描きたいものを原点にする、ファンタジーであっても現実のリアリズムに裏打ちされていることが大事、といった絵本作りの基本姿勢についても、多くのコメントが記されています。

 また、この本には『freestyle art book』という何も描かれていない「まっ白い絵本」がセットで付いていました。全部で24ページ。これを使って、自分だけの絵本を作ってみようということのようです。

 なんとなく思ったのですが、絵本作り、いまブームなのかもしれませんね。

 絵本作りはともかくとして、飯野さんの絵本を知るうえでも興味深い点がたくさんありました。たとえば、飯野さんのアイデア発想法は、電車に乗ることだそうです。まわりの乗客をよく観察して、そこから絵本のキャラクターやストーリーを考えていくとのこと。

 また、飯野さんの画材遍歴、じっさいの着彩や手書き文字書きのプロセスも、これでもかというくらい、詳細に説明されています。着彩については、1枚の絵を仕上げていく過程が24枚の写真付きで載っていました。細かな筆使いまで分かるようになっています。

 すごいなと思ったのは、手書き文字の書き方。さらっと一筆で書いているわけではまったくなく、文字の角を強めたり先を丸くしたり塗りつぶしたり太くしたり、一つ一つの文字ができあがるまでに幾つもの作業が重ねられています。手書きとはいっても、それは、文字の新しいデザイン、新しい書体を生み出すことと言ってよいようです。

 それから、これもはじめて知ったのですが、下描きの最初の段階では、キャラクターや個々の場面のコンテを描かれるのだそうです。描き上げたコンテは床などにずらっと並べ、全体の構成やストーリーの流れをあらためて練っていき、また、場面の構図、人物のポーズや表情や服装、セリフやト書きなど、細かな点も一つ一つ検討するとのこと。そのうえで、全体を通しての下描きであるラフを描き、さらにまた検討。こうしてやっと本画に入るそうです。

 この一連の過程で飯野さんが気を付けていることの一つは次の点。

 絵本の場合、特徴的なのは、”めくり”で進行してゆく読み物だということ。だから、ページをめくった瞬間の印象がものをいうんです。

 僕がいつも心がけているのは、ページをめくるときの読者の予想を裏切ること。たとえば構図でも、「こうくるだろうな」というのを、あえてはずす。

 そしてひとつの場面でも、見下ろしたアングル、見上げたものなど、2、3パターン描いてみて、内容を伝えながらも、いちばん目に驚きを与えるものを選びます。

 思いがけないものがパッと現れると、人って「あ、いいな」と思うわけ。その瞬間、その絵本の中にフッと入っちゃう。
(40ページ)

 絵本の特質の一つが「めくり」にあるとのこと、言われてみればたしかにその通りですね。おもしろいです。

 ほかには、チャンバラ絵本が生まれたきっかけも書かれていました。ジョニー・ハイマスさんという写真家が撮った山道の写真なのだそうです。飯野さんが子どもの頃に学校に通っていた道にそっくりで、そこから子どもの頃のチャンバラごっこを描いてみようと思い立ったとのこと。

 写真の実物も掲載されていましたが、本当に昔ながらの緑に包まれた山道。奥の方で左に曲がって山に隠れるようになっています。向こうから何が出てくるか分からない、そんな感じです。こういう場面設定は、飯野さんのチャンバラ絵本にも何度か出てきたと思います。

 あと、子どものころから現在に至るまでを語ったインタビューも載っていました。ここでも興味深い点が幾つかあったのですが、これはまた別の記事で紹介したいと思います。

▼飯野和好 監修/水田由紀 著『みずゑのレシピ 飯野和好と絵本 ストーリーを考える・キャラクターをつくる』美術出版社、2003年、定価(本体 1,900円+税)

飯野和好さん関連のウェブサイト

 チャンバラ時代劇絵本で有名な飯野和好さん関連のウェブサイト。検索してみたら、以前ふれた飯野和好痛快活劇ビデオのサイトのほかにも、いろいろと関連サイトがありました。

 まず、月刊誌『こどもの本』2001年5月号から1年間掲載されていた、飯野さんのエッセー「あぜみち話」。この雑誌は日本児童図書出版協会から刊行されているのですが、連載の第一回最終回がウェブ上で読むことができます。

 第一回のエッセーによると、『ハのハの小天狗』は飯野さんが絵本の世界に本格的に入ることになったきっかけの絵本とのこと。また、「ハのハの」の名前の由来も書かれていました。

 最終回では、江戸時代の渡世人の格好(股旅姿!)をして日本全国で読み語りをしていることにもふれられています。

 この連載、タイトルは飯野さんの手書き、たぶん子どものときの飯野さんを描いたイラストもあり、なかなかおもしろいです。機会があったら『こどもの本』のバックナンバーで他の回のエッセーも読んでみたいと思いました。

 続いて、『愛媛新聞』愛媛CATVで放送している「愛媛新聞きゃっちMAT.」「特集 絵本作家・飯野和好ワールド(上)」。これは2001年12月10日に放送されたもので、動画とテキストの両方が掲載されています。

 動画の方では、飯野さんが松山市内での読み語り会で股旅姿で『ねぎぼうずのあさたろう その1』の読み語りをしているときの様子が見られます。いやー、本当に浪曲の読み語り。非常にしぶくて、また楽しそうです。

 インタビューでは、浪曲風絵本が誕生したときの経緯や渡世人の格好で読み語りをすることの楽しさ、チャンバラ時代劇絵本の魅力などを語られています。とくに絵本の魅力について話されているところは必見です。

 この「特集 絵本作家・飯野和好ワールド」の(下)は見つかりませんでした。残念。

 最後に、「絵本の世界を通してココロの冒険旅行をおすすめする架空の会社」絵本旅行社「ご報告まで。(原画展・絵本講座レポート)」にある「飯野和好 絵本原画展」のレポート。この原画展は2002年の7月から8月に宮城県の仙台文学館で開催され、『ねぎぼうずのあさたろう』をはじめとして5作品の原画とアイディアメモが展示されたそうです。原画にそえられた飯野和好さん自筆のメッセージも「絵本旅行社」のゆきなさんがメモされていて、読むことができます。『ハのハの小天狗』の試作本も展示されていて、じっさいに公刊されたものとは構図が違うとのこと。他の絵本も、原画と印刷されたものでは色調がかなり違うそうで、興味深いです。

飯野和好『ハのハの小天狗』

 飯野和好さんといえば、このウェブログでも以前取り上げた『ねぎぼうずのあさたろう』をはじめとするチャンバラ時代劇絵本の第一人者(?)。その飯野さんの最初のチャンバラ時代劇絵本がこの『ハのハの小天狗』だそうです。

 春もさかりの風もトロトロとあたたかいある日、みすずちゃんといっしょに学校から帰る途中、「ぼくたち」は忍者の一団におそわれます。思わず身構えた「ぼく」は、いつのまにか「ハのハの小天狗」に変身(?)、忍者の一団と戦いを繰り広げます。

 そんなわけで、この絵本では突然、時代劇に突入し、そしてまた突然、現代に戻るというとても不思議なストーリーになっています。「ぼく」や「みすずちゃん」が山の中で「ハのハの小天狗」や「みすず姫」に変身するところは、なんとなく子どものころのチャンバラ遊びを思い出しました。本気でサムライになったつもりで、「エイッ」「ヤアッ」と遊んでいた、あの感じです。

 絵は、たとえば現在の『ねぎぼうずのあさたろう』シリーズと比べると、筆のタッチや色使いが微妙に違っていて、なかなか興味深いです。文章も『ねぎぼうずのあさたろう』のように手書きではありません。現在よりはもう少し淡泊な感じでしょうか。だんだんとあの独特のこゆい作風が完成されていったのかなと思いました。

 とはいえ、もちろん、血湧き肉躍るチャンバラの楽しさとユーモアはこの絵本でもすでに確立されています。

 「タァーッ」「えーいっ、どうだっ」「トアーッ」「チェーイ」といったチャンバラのセリフの数々は読み聞かせでも思わず気合いが入ります。危機また危機の連続は、子どもも思わず身を乗り出します。

 とくにうちの子どもに大受けしていたのが、忍者の頭。「むふふふっ 小天狗やるな」と言って登場し、次から次へと手り剣をとばし、そして一言。

「ムッ
手り剣がなくなった」

 画面は、見開き2ページ、手り剣のなくなった両手を凝視する忍者の頭の上半身を下から仰ぎ見るような構図で、セリフは上述のものだけ。この間合いが実におかしい。

 また、忍者の一団は、緑色の服装といい、まんまるの胴体といい、どうみても木の実か野菜です。頭の上には葉っぱの付いた枝までくっついています。忍者の頭は、頭に漬けもの桶か何かをかぶっているみたいで、これも笑えます。

 そして、決戦の舞台はやはり峠。『ねぎぼうずのあさたろう』にも峠の決戦が何度かあったと思うのですが、峠というのは、向こうから何が現れるか分からないし、切り立った崖もあるし、何か不穏な雰囲気があるんですね。この舞台設定も飯野さんならではでしょうか。

 もう一つ、気になったのが、裏表紙やとびら、表紙・裏表紙の見返しに記されている手書きの謎の文字です。どうもローマ字のようなのですが、独特の字体でなかなか解読できません。『ねぎぼうずのあさたろう』など現在の飯野さんの絵本ではあまり見かけないのですが、こういうところもおもしろいですね。

▼飯野和好『ハのハの小天狗』ほるぷ出版、1991年

飯野和好『ねぎぼうずのあさたろう その1』

 うちの子どものお気に入りの一つがこの『ねぎぼうずのあさたろう』シリーズ。現在、その4まで出ているのですが、何かというと「その5はいつ出るの?」と聞いてきます。私もこのシリーズは大好きです。その4が出たときに、まちの書店でも平積みになっていたので、とても人気があるのだと思います。

 この絵本のおもしろいのは、なんといっても浪曲風時代劇というところ。浪曲と絵本の結びつき、こんな絵本は他にないでしょう。

 扉のページには、「二代広沢虎造風浪曲節で」なんて説明書きがあります。この広沢虎造さんって誰だろうと思っていたら、たいへん有名な浪曲師の方でした。センチメンタル浪花節さんのサイトに説明がありました。あと、日本映画データベースで検索してみると、多くの映画にも出演されているようです。アマゾンで検索してみると、CDもいっぱい出されています。でも、「二代」ということは、「一代目」の広沢虎造さんもいらっしゃるのでしょうか。もしご存じの方がおられたら、教えて下さい。

 この絵本の作者の飯野和好さん自身も、落語家の方と組んで「浪曲風読み聞かせ」「講談風読み聞かせ」をされているそうです。なんと作者みずからが読み聞かせをしたビデオも出ています。飯野和好痛快活劇ビデオに案内がありました。

 絵本では、手書きの文字で書かれた文章が楽しいです。冒頭から、

はるがすみ~
むさしのくにのつちのかおり
とあるのどかな
むらのなは
ちちぶごうりは
あさつきむらよ
いちじろまあるく
ピリリとげんき
はたけそだちの
おとこのこ
そのなも
ねぎぼうずの
あさたろう~

といった具合で、言葉の表現がテンポよく、とてもおもしろい。読み聞かせをするときも、ついつい自分流に浪曲の感じ(?)で読んでしまいます。

 そのほか、この「その1 とうげのまちぶせ」の数々のセリフは、わが家でちょっとしたブームになりました。「へへっ どうだぃ あっ かんにんしてください」とか「な、なんでい きもちのわるい さむらいだなあ へへえ、ねぇ」とか「あやしい なぞの ろうにんもの」とか。

 絵は水彩で、主に見開き2ページを丸ごと使ったど迫力のものです。まあるい顔の「ねぎぼうずのあさたろう」、「あさたろうのはは おたま」、きゅうり顔の「なぞのろうにんもの きゅうりのきゅうべえ」といった具合に、野菜をモチーフにした絵も楽しいです。

 そして、やはり魅力的なのは、主人公のあさたろう。悪いことが大嫌いで一本気な男の子です。必殺技はなんと「ねぎじる」。

 このシリーズのおもしろさは、お父さんにとっても大満足と思います。お父さんのちょっと低い声で読み聞かせをするとばっちりでしょう。

▼飯野和好『ねぎぼうずのあさたろう その1』福音館書店、1999年