飯野和好『ハのハの小天狗』

 飯野和好さんといえば、このウェブログでも以前取り上げた『ねぎぼうずのあさたろう』をはじめとするチャンバラ時代劇絵本の第一人者(?)。その飯野さんの最初のチャンバラ時代劇絵本がこの『ハのハの小天狗』だそうです。

 春もさかりの風もトロトロとあたたかいある日、みすずちゃんといっしょに学校から帰る途中、「ぼくたち」は忍者の一団におそわれます。思わず身構えた「ぼく」は、いつのまにか「ハのハの小天狗」に変身(?)、忍者の一団と戦いを繰り広げます。

 そんなわけで、この絵本では突然、時代劇に突入し、そしてまた突然、現代に戻るというとても不思議なストーリーになっています。「ぼく」や「みすずちゃん」が山の中で「ハのハの小天狗」や「みすず姫」に変身するところは、なんとなく子どものころのチャンバラ遊びを思い出しました。本気でサムライになったつもりで、「エイッ」「ヤアッ」と遊んでいた、あの感じです。

 絵は、たとえば現在の『ねぎぼうずのあさたろう』シリーズと比べると、筆のタッチや色使いが微妙に違っていて、なかなか興味深いです。文章も『ねぎぼうずのあさたろう』のように手書きではありません。現在よりはもう少し淡泊な感じでしょうか。だんだんとあの独特のこゆい作風が完成されていったのかなと思いました。

 とはいえ、もちろん、血湧き肉躍るチャンバラの楽しさとユーモアはこの絵本でもすでに確立されています。

 「タァーッ」「えーいっ、どうだっ」「トアーッ」「チェーイ」といったチャンバラのセリフの数々は読み聞かせでも思わず気合いが入ります。危機また危機の連続は、子どもも思わず身を乗り出します。

 とくにうちの子どもに大受けしていたのが、忍者の頭。「むふふふっ 小天狗やるな」と言って登場し、次から次へと手り剣をとばし、そして一言。

「ムッ
手り剣がなくなった」

 画面は、見開き2ページ、手り剣のなくなった両手を凝視する忍者の頭の上半身を下から仰ぎ見るような構図で、セリフは上述のものだけ。この間合いが実におかしい。

 また、忍者の一団は、緑色の服装といい、まんまるの胴体といい、どうみても木の実か野菜です。頭の上には葉っぱの付いた枝までくっついています。忍者の頭は、頭に漬けもの桶か何かをかぶっているみたいで、これも笑えます。

 そして、決戦の舞台はやはり峠。『ねぎぼうずのあさたろう』にも峠の決戦が何度かあったと思うのですが、峠というのは、向こうから何が現れるか分からないし、切り立った崖もあるし、何か不穏な雰囲気があるんですね。この舞台設定も飯野さんならではでしょうか。

 もう一つ、気になったのが、裏表紙やとびら、表紙・裏表紙の見返しに記されている手書きの謎の文字です。どうもローマ字のようなのですが、独特の字体でなかなか解読できません。『ねぎぼうずのあさたろう』など現在の飯野さんの絵本ではあまり見かけないのですが、こういうところもおもしろいですね。

▼飯野和好『ハのハの小天狗』ほるぷ出版、1991年

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