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五味太郎『がいこつさん』

 主人公はタイトルの通り「がいこつさん」。どうもよく眠れません。

───はて なんだか 気になることがある……
───なにか 忘れているような気がする……

 というわけで、「がいこつさん」は何を忘れているのか思い出そうと、散歩に出かけます。いろいろ歩き回ってもなかなか思い出せなかったのですが、ふとデパートのトイレットに入ると「あっ 思い出したぞ!」。というわけで、ようやく「がいこつさん」は眠ることができたというストーリー。

 この絵本、そのまんま骨の「がいこつさん」がまちなかを歩きまわる、しかも何か忘れていて思い出せないという、とてもシュールな設定です。ふつうのまちなかのふつうの人間たちのなかに「がいこつさん」がたたずんでいて、思い出せなくて困ったような顔をしている(もちろんじっさいには表情はありませんが)、そんな絵の描写もおもしろいです。「がいこつ」とはいっても、こわいことはなく、むしろ、ひょうひょうとしていて顔つきもユーモラス。思い出して家に帰る場面では、なんとなくすっきりとして楽しそうです。

 深読みしてみると、この「がいこつさん」はもうすでに亡くなっていて、でも世間に未練があり、それを思い出そうとしているのかなあとも思えてきます。たとえば「がいこつさん」を「待っていた人もいたけど、それはもうずっと昔の話」なんて書かれています。で、ようやく思い出して、すっきりと永遠の眠りにつくことができたというわけです。忘れていたことがそんなに大したことではなくて安心ですが、話の展開によってはとてもこわいストーリーになっていたかも。

 うちの子どもが教えてくれたのですが、そもそも、まちなかをてくてく歩く「がいこつさん」に誰も気がつきません。唯一、ソーセージ屋さんだけが話しかけています。うーん、やっぱり、幽霊なんでしょうか。

 それはともかく、思い出せそうで思い出せないのは、隔靴掻痒というか、落ち着かない気分ですよね。私もだんだん年齢を重ねるにつれ、そんなことが増えました(笑)。この絵本ではその様子を、それが「がいこつさん」であることと絡めてとてもユーモラスに描いています。たとえばこんな感じ。

───病院に 予約してあったかな。
まさか。がいこつさんに 病気するところ どこもない。
───それもそうだな。

───はて おなかがすいているの 忘れていたかな。
まさか。がいこつさん おなかもないくせに。

 引用からも分かりますが、絵に付けられている文章は、客観的な描写のところもあるのですが、多くは「がいこつさん」と誰かが会話をするというかたちになっています。会話をしているわけですから純粋に物語の外の語り手ではないし、でも客観的な描写もあるので完全に物語のなかの登場人物でもない。物語の内と外との境界にあって、読んでいる私たちを誘っている、そんな微妙な立ち位置も興味深いです。

 うちの子どもによると、この絵本のおもしろいのは思い出そうと考えているところだそうです。また、トイレットの二つ並んだドアの取っ手が目みたいで「がいこつさん」をぎろっと見ているとのこと。私はぜんぜん気がつかなかったのですが、言われてみればその通り。子どもは見るところが違うなあと思いました。

 それはそうと、「がいこつさん」は結局、何を忘れていたのでしょうか? 実はヒントがこの絵本の表紙・裏表紙の見返しに隠されているのですが、とりあえずここでは秘密にします(笑)。ぜひ読んでみて下さい。

▼五味太郎『がいこつさん』文化出版局、1982年