アンソニー・ブラウン『こうえんのさんぽ』

 この絵本、どうやら先日読んだ、アンソニー・ブラウンさんの『こうえんで…4つのお話』の元になったもののようです。登場人物も基本的なストーリーも同じ。うちの子どもも、冒頭の文章を少し読んで、すぐに気が付きました。「スマッジ」という女の子の名前でぴんときたようです。

 『こうえんで…4つのお話』の原書の刊行が1998年で、この『こうえんのさんぽ』の原書は1977年の刊行。およそ20年ぶりに描き直したと言っていいでしょう。

 ストーリーはおおむね同じなのですが、描写はまったく異なります。なにより目に付くのは、登場人物が人間であること。アンソニー・ブラウンさんの絵本と言えば、ゴリラがトレードマークですよね。『こうえんで…4つのお話』もそうでした。これに対し、『こうえんのさんぽ』ではごく普通の人間が描かれています。ゴリラのキャラクターを発見する前の絵本と言えそうです。

 それから、『こうえんで…4つのお話』は、同じ公園での出来事が4人の登場人物それぞれの視点から語られるという非常に多元的で重層的なつくりになっていましたが、『こうえんのさんぽ』はごく普通の直線的なストーリー展開になっています。

 そうであるがゆえに、『こうえんで…4つのお話』に見られたような、4人の登場人物それぞれの情感の描写は、相当に希薄です。もちろん、「チャールズ」と「スマッジ」の出会いと交流もきちんと描かれているのですが、しかし、『こうえんで…4つのお話』ほどエモーショナルではありません。

 また、アンソニー・ブラウンさん独特のスーパーリアリズムもまだ見られません。毛の一本一本まで描いていくという過剰なまでの描写はまだなく、割と平板な描き方になっていると思います。ほとんど同じ構図でありながら、描き方がぜんぜん違っていたりします。あえて言うなら、「チャールズ」と「スマッジ」の髪の毛の描き方に少しだけ、その後のリアリズムの片鱗が表れているくらいでしょうか。

 その一方で、その後のブラウンさんの絵本と共通する部分もあります。それは、ディテールの遊び。『こうえんで…4つのお話』ほどではありませんが、『こうえんのさんぽ』にも画面のあちこちに、おもしろい仕掛けがたくさんあります。うちの子どももかなり楽しんでいました。こういう細部へのこだわりは、ブラウンさんがずっと以前から持っていたものなんですね。

 なんとなく思ったのですが、20年たって描き直したというのは、アンソニー・ブラウンさんがこの物語とモチーフにかなりの思い入れを持っていたということかもしれません。社会階層をまったく異にする二人が、あるとき、ある場所で偶然に出会い、心を通わせる……。

 2冊の絵本ともラストページは同じです。「チャールズ」がつんであげた花を、家に帰った「スマッジ」が窓辺に飾ります。その花の美しさは、二人の出会いの掛け替えのなさを表していると言えるのかもしれません。

 原書”A Walk in the Park”の刊行は1977年。

▼アンソニー・ブラウン/谷川俊太郎 訳『こうえんのさんぽ』佑学社、1980年、[印刷・製本:共同印刷株式会社]

アンソニー・ブラウン『こうえんのさんぽ』」への4件のフィードバック

  1. こちらの記事を拝見して、ぜひ読み比べたい!と思いました。「こうえんのさんぽ」は絶版なのですね。近くの図書館の蔵書にはないらしく、どうやったら読めるかな……と検討中です。
    20年たって同じモチーフを描くということにも興味が沸きますね。
    絵本の紹介というのは中身の絵を見せないだけに、見たい、読みたいという気持ちが強くなります。このレビューを読み返すとますます気になります。しばらく探してみようと思っています。

  2. kmyさん、コメントをありがとうございます。レスポンスがたいへんに遅くなり、すいません。ここしばらく、パソコンの前に落ち着いて座ることができませんでした。
    『こうえんのさんぽ』と『こうえんで…4つのお話』ですが、「やまねこ翻訳クラブ:アンソニー・ブラウン作品リスト」(http://www.yamaneko.org/bookdb/author/b/abrowne.htm)の説明によると、前者はUK版で、後者はUS版だそうです。違う国の違う出版社から刊行するときに大幅に描き直したわけですね。
    『こうえんのさんぽ』、私は、地域の割と大きな図書館で見つけました。開架には出ておらず、コンピュータで検索して書庫から出してもらいました。少し大きい図書館で検索するとあるかもしれません。見つかるとよいですね。

  3. はじめまして。
    私も最近ブログを始めたばかりなのですが、あれこれ見ていたら、このサイトに巡り合いました。
    アンソニー・ブラウンは私もとても大好きな作家で、実はこのご本人にお会いしたことがあるんです!
    このふたつの本について、mkさんがおっしゃるように、彼は深い思いをお持ちで、ずっと描き直したいと思っていらっしゃったようです。
    それにしても、彼がどうしてあれだけゴリラに執着し、ゴリラをあれだけ美しく描いているかというと、ゴリラって見た目が醜いし、みんなから嫌われがちですが、本当は心が優しくとても忠実で、優しく、それでいてとても強く、包容力がある――そんなゴリラの持つ一面に惹かれたそうです。『すきですゴリラ』に登場するゴリラもとてもやさしく、ハナを包み込んでいますよね。一方人間のお父さんは冷たく感情がまったく排除されて描かれています。アンソニーがゴリラに託した父親への思いがひしひしと伝わってくる感じがしますよね。
    ちなみに、この『すきですゴリラ』に出てくるゴリラが着ているコートはアンソニー自身のお父さんが物置にずっとしまい込んでいたものだそうで、父親の思い出の詰まったものらしいですよ。
    この『こうえんで・・・4つのお話』のなかにあるたくさんの仕掛けは、彼が小さい頃よくやっていたピクチャーゲームが原点にあるようです。ひとつの絵からどんどん別の絵に変化して行く・・・そんな遊びを子ども時代からやってきたからこそ、あれだけ想像力豊かな絵が描けるのですよね。
    では、また寄らせていただきますね。

  4.  ka-san さん、はじめまして。
     アンソニー・ブラウンさんにお会いしたことがあるとのこと、ブラウンさんの絵本の背景を詳しく教えていただき、本当にありがとうございます。
     ゴリラのモチーフには、そんな理由があったんですね。なるほどなー。とても興味深いです。また、ピクチャーゲームが原点とのことも、おもしろく思いました。あの楽しい仕掛けとディテールには、ブラウンさんの子ども時代のそんな経験がかかわっているんですね。
     ところで、『すきですゴリラ』、実はまだ読んでいないのですが、ka-san さんのコメントを読んでいたら、ぜひ見たくなってきました。今度、図書館に行って探してみようと思います。
     またいろいろ教えて下さい。これからも、どうぞ、よろしくお願いいたします。

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