主人公「ウィリー」はとても弱虫。まちのチンピラたちに「こしぬけウィリー」と呼ばれています。なぜなら、自分がまったく悪くなくても、自分が殴られていても、「すみません、ごめんなさい!」と謝ってしまうのです。そんな「ウィリー」が一念発起、「こしぬけ」におさらばしようと体を鍛えていく物語。
「ウィリー」のこの大変身が見物。最初のページには、自信なくオドオドした表情、体も細く小さく、猫背でポケットに手を突っ込み、足取り重く歩く「ウィリー」が描かれています。それが、ジョギングにエアロビクスにボクシング、ボディービルにウエイトリフティングとトレーニングを続けるうちに、まったくの別人に変わっていきます。活力あふれる精悍な顔つき、大きく力強い体、背はしゃきっとし、胸をはって颯爽と歩く「ウィリー」。
うちの子どもは、「ウィリー」が筋肉ムキムキになって鏡に自分の体を映している画面に大受けしていました。いやはや、なんともすごい筋肉。
そして、まちに出た「ウィリー」は、チンピラたちにからまれていた女の子「ミリー」を救い、「ミリー」の愛まで勝ち取るのですが、そのあと、どうなったか。このラストには、うちの子どももびっくりしていました。「えっ! 元に戻ってる!」。まあ、外見が変わっても、中身は同じということでしょうか。なかなかユーモラスなオチです。
でも、考えてみると、このラストは、なんだか安心できます。筋肉ムキムキになっても、心優しき「ウィリー」のまま。いや、その方が「ミリー」にも、もてるんじゃないかな(^^;)。
それはともかく、この絵本のキャラクターはすべてゴリラ。絵は非常にリアリスティックで、毛の一本一本まで描き込まれており、これはもうゴリラ以外のなにものでもないです。ところが、それが人間以上に人間らしいんですね。服を着て人間のような生活をしているのですが、たとえば「ウィリー」の表情の変化を見ても、なんとも人間らしく、ゴリラであることを忘れてしまいます。いや、逆にゴリラであるからこそ、人間的なものがよりはっきり現れてくるのかも。
あるいは、このリアリスティックな描写で人間の男の子が主人公として描かれていたら、どうだったか。絵本としてちょっと成り立たないかもしれませんね。「ウィリー」がチンピラにからまれている場面はもっと深刻になりそうですし、筋肉ムキムキになっていくところのおかしさも半減する気がします。ゴリラであることが、ファンタジーを可能にしていると言えるかもしれません。
うーむ、なんだか難しくなってきましたが、絵のリアルな部分とファンタジーな部分の独特の結合が、この絵本のおもしろさかなと思いました。
読み終わったあとで、うちの子どもは「ぼくは、こんなにムキムキになるのはイヤだなあ。だって、恥ずかしいから」なんて言っていました。たしかにねえ(^^;)。
原書”Willy the Wimp”の刊行は1984年。この絵本、おすすめです。
▼アンソニー・ブラウン/久山太市 訳『こしぬけウィリー』評論社、2000年