「移動図書館」タグアーカイブ

オンデマンド移動図書館

 『季刊 本とコンピュータ』(編集:「本とコンピュータ」編集室、発売:株式会社トランスアート)、私のお気に入りの雑誌の1つです。タイトルの通り、本とコンピュータの現在をいろんな角度から考えていく雑誌。非常に内容が充実していて、毎号、楽しみにしています。

 ウェブサイトも、日本語の「本とコンピュータ・ウェブサイト」「国際版 The Book & The Computer」の2つがあり、こちらも内容豊富です。

 その2003年冬号(第2期10号)の子雑誌「未来の本のつくり方」に「特集 『オンデマンド移動図書館』がやってきた」(127-144ページ)という興味深い記事がありました。ちなみに、『季刊 本とコンピュータ』は幾つかの子雑誌を含んで作られています(子雑誌は付録ではなく一冊に綴じ込まれています)。

 「オンデマンド移動図書館」というのは、アメリカの非営利組織「インターネット・アーカイブ」が取り組んでいる「ミリオンブックス・プロジェクト」のこと。

 ミニバンにコンピュータやカラープリンターなどの機材を積み込んで各地に出かけ、その場で子どもの本や絵本のデジタルテクストをダウンロードし、カラープリンターで刷って本にするというプロジェクトです。

 ミニバンは「ブックモービル」というそうですが、屋根にはパラボラアンテナが付いていて、カリフォルニアの事務局のサーバーから衛星を通じてデジタルテキストのデータを受信できるようになっています。参加者は、ラップトップコンピュータに示される本のリストから欲しいものを選んでダウンロードし、それをカラープリンターで紙に印刷。そして、印刷された紙を参加者は自分で折って折り丁を作り、さらに裁断機で折り丁の縁を断ち落として揃えます。最後に製本機で紙の背を接着して表紙をつけ、完成です。

 できあがった本の写真も載っていましたが、なかなかきれいです。絵本も、ページをそのまま転写しているので意外なほど原本の雰囲気が保たれているとのこと。

 「ブックモービル」の費用は1万5000ドル(約162万円)、1冊の材料費はわずか1ドル程度。これは従来の移動図書館の貸し出し費用よりも安いそうです。参加者の料金は無料。今後の目標は、著作権の消滅した本を2005年末までに100万冊、スキャナーで読みとってデジタル化し、誰でも無料で入手できるようにすることだそうです。

 さらに、このプロジェクトは、アメリカだけでなく、インド、エジプト、ウガンダ、中国と世界各地に広がっており、インドでは政府が費用を負担して本のデジタルコピーに取り組んでいるとのこと。また、今後数年間で世界に5000箇所のオンデマンド印刷のステーションを作る計画もあるそうです。

 この試み、ネットのテクノロジーと昔ながらの手仕事がジョイントしていて、非常におもしろいと思いました。

 参加者は自分だけの1冊の本を自分で作るわけで、楽しそうです。製本の作業風景の写真も掲載されていましたが、参加している子どもたちはみな真剣です。「インターネット・アーカイヴ」の主宰者ブルースター・カールさんはインタビューに答えて次のようなエピソードを紹介していました。

 子どもは製本を手伝わせると、のめりこみます。あるお母さんから、子どもが[自分が作った]『不思議の国のアリス』を枕の下に入れて寝ていると聞きました。(132ページ)

 また、こういう製本の体験は、絵本というモノをまったく違った角度から見直すことになると思います。1枚の紙を8つ折りにするという折り丁の仕組みを学習したり、自分で裁断機や製本機を使ったり、本というモノの基本的な成り立ちを身をもって知ることになり、それは、絵本の表現の理解にとっても有意義なんじゃないでしょうか。

 もう一つ、プロジェクトを支えている基本思想も興味深いです。ブルースター・カールさんは、これまでに出版された書物をすべて集め、しかもそれを世界のどこにいる人でも使えるようにすることを理念として語っています。そのさい、このデジタル・ライブラリーに取り組むにあたって現代は3つの条件に恵まれているとされます。一つ目は何でも電子的に保存できるようになったこと。二つ目はインターネットという開かれたネットワークがあること。そして三つ目として挙げられているのが以下です。

 第三はいちばん理解されておらず、いちばん尊重されていないことだと思いますが、私たちは開かれた社会が望ましいという考えが根づいた文化の世界に生きています。民主的な政治制度を築き、経済を発展させるには情報へのアクセスこそが鍵だと信じられている世界なのです。歴史をふりかえっても、そうそうある眺めではありません。私たちは、もう二度とないかもしれない機会を手にしています。(136ページ)

 良くも悪しくもアメリカ的と言えるかもしれませんが、「開かれた社会」の重要性とその歴史的な貴重さはたしかにもっと尊重されるべきじゃないかと思いました。

 ブルースター・カールさんが主宰している「インターネット・アーカイヴ」のウェブサイトはこちら。http://www.archive.org/

 この「インターネット・アーカイヴ」のなかの「ミリオンブックス・プロジェクト」のウェブサイトはこちら。http://www.archive.org/texts/collection.php?collection=millionbooks

 「インターネット・アーカイブ」については、同じ『本とコンピュータ』に紹介記事が掲載されていました。139ページから144ページ、二木麻里さんの「<世界書物>の条件」です。こちらも、なかなかおもしろかったです。