絵本には「お父さんもの」と呼べるようなジャンルがあると思います。なんといったらいいのか、「いろいろ大変だけどお父さんは家族を愛している、子どもを愛している」、「お父さん大活躍」、といったようなモチーフの絵本です。
この手の絵本、現にお父さんである(?)私は、とても苦手です。なんか、はずかしい。そんなに声を大にして「お父さんの家族愛」を描かんとならんのかなあと、その不自然さに引いてしまいます。「父性愛」を押しつけられるようで、かないません。むずがゆい感じ。居心地が悪いのです。
あべ弘士さんの『ライオンのよいいちにち』、これは違います。この絵本のお父さんはライオンですが、一応「お父さんもの」と言っていいと思います。でも、世にあふれる「お父さんもの」絵本とはちょっと違うのです。
ストーリーは、とてもシンプル。アフリカのサバンナでライオンのお父さんが5匹の子どもたちと散歩に出かけるというもの。たいした出来事もなく事件も何も起こりません。タイトルのとおり、子どもと散歩に出かけた「よいいちにち」。
散歩のとちゅうで、うり坊をつれたイボイノシシのお母さんとかヒョウとかゾウの家族が声をかけてきます。いわく、
おこさんつれて うらやましいわ。
うちの おとうちゃん、こどもなんて ほったらかしよ
こども たくさん ひきつれて。
こもりかい?
おや ライオンさん、おさんぽですかね
それにしても あなた かんしんね
ライオンのお父さんは、「まあな」とか「それほどでも」とか適当な返事をしつつ、こんなふうに思うのです。
(わしは、こどもと さんぽするのが すきなだけだ。
よけいな おせわなのだ。)
(わしは、こうしているのが いいのだ)
(わしは、ふつうに しているだけだ)
こういう自然体なところ、肩の力を抜いたところが、この絵本のよいところです。「お父さんなのに子育て」とか「お父さんだからがんばる」とか、そんな「りきみ」とは無縁です。
散歩の終わりは、お気に入りの岩山。ここで、子どもたちといっしょにお昼寝です。いつの間にか夕方になり夜になります。すると、遠くの方でライオンのお母さんがシマウマを追って狩りをしている様子が見えてきます。すると、ライオンのお父さん、いわく
いつも いつも ごくろうさんです。
わしも そろそろ・・・。
おっと よいのが うかびました。ゆれゆられ しろくろシマウマ 月の下
なかなか
そうです。このライオンのお父さんの趣味(?)は俳句! 岩山の上で俳句を思いついては「うん、なかなか」と自分で感心するお父さん。
あべさんの絵は、横長の見開き2ページを丸ごと使った水彩画。近くのものを大きく、遠くのものを小さく描き、とても奥行きがあって、広い広いサバンナが絵本のなかにひろがっています。地平線いっぱいに続く草原、青い空に雲の群れが浮かび、遠くにスコールがみえ、風が吹き抜けていきます。そこを、5匹の子どもを連れたライオンのお父さんがゆっくりと歩いていきます。夕日に赤く染まり月に青々と照らされるサバンナも美しい。
ともあれ、のーんびり、ゆーったりした自然体の「お父さん」がなにより魅力的。世の「お父さんもの」絵本に「なんか違う」と思っている方、ぜひ一度、読んでみて下さい。
▼あべ弘士『ライオンのよいいちにち』佼成出版社、2001年