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みかんぐみ/加藤朋子『家のきおく』

 この絵本は、「みかんぐみ」という建築設計事務所の4人の建築家が自分の子どものころの「家のきおく」をイラストと文章でまとめたもの。ストーリーはとくになく、見開き2ページに一つずつ、「きおく」に残っている家にかかわる情景が描かれていきます。

 左ページに絵、右ページに文章というつくり。それぞれの絵の基本色が赤、黄、緑、青の4色に限定されており、どうやら、これは4人の建築家それぞれに対応しているようです。また、絵のなかに登場する人物の頭には、みかんの葉っぱのようなものが付いていて、これは文字通り「みかんぐみ」を表しているのでしょう。

 巻頭には、この絵本を作るに至った経緯が少し説明されていました。引用します。

じつは、いつも4人で建物のデザインを考えているのに、
おたがいが、子どものころにどんな家で
生活していたのかまったく知りませんでした。
そして、その家のイメージは、
私たちが子どものころに身についた
「家のきおく」というものとも
深くかかわっているように思えます。
そこでわたしたちは、
おたがいの「家のきおく」について
さぐってみることにしました。

 本文では、4人の建築家が子どものころ住んでいたさまざまな家(谷間の家、団地の家、アフリカの家、郊外の家、社宅など)とそこでの記憶(縁側、隣家、庭、遊びや冒険、個室、友だちの家、増築など)が一つ一つ描写されています。

 読んでいると、自分の「家のきおく」も呼び覚まされてきます。夏の縁側や離れの寝床、悪いことをして暗いところに閉じこめられたこと、家族みんなで壁紙を張り替えたこと、などなど、いろんなことが思い出されてきます。この絵本のカバーに記されているのですが、まさに「家の記憶は思い出だけでなく、わたしの生きた体験」です。

 巻末には「みかんぐみ」が設計した家々が写真入りで紹介されていました。ちなみに「みかんぐみ」のウェブサイトはみかんぐみウェブサイトです。サイトにもたくさんの作品の写真が掲載されています。

 私は建築のことはよく分からないのですが、非常にユニークで楽しそうな建物です。どれもひと味違うというか、「家ってこんなもの」という私たちの思いこみをなんだか気持ちよく揺さぶってくれる気がしました。そして、たしかに、その家々は、4人の建築家の「家のきおく」と遠くから通じ合っているように思います。おもしろいです。

 なんとなく感じたのですが、子どもたちにとって家がどのように見えていて、子どもたちが家をどのように活用しているのか、これがおそらく「みかんぐみ」の設計のモチーフの一つなんじゃないかな。子どもにとって、大人が決めた家の約束事はあってないようなもの。そこに、より自由で心地よい空間が現れているのかもしれません。

 4人の建築家へのインタビューも載っています。「みかんぐみ」の名前の由来や4人での仕事の進め方、建築の道に進んだ経緯、「みかんぐみ」設立のいきさつなどが語られていました。

 「あとがき」もなかなか印象的です。ちょっと長くなりますが、一部を引用します。

自分が生活する場所のことを考えるのは楽しいことです。
それは、決して難しいことではありません。にもかかわらず、その楽しいことを
実際にしている人は、それほど多くはないように思います。なぜでしょうか。
そういうことを考えることに慣れていない人にとっては、なんだか面倒くさい、
どうでもいいことのように感じられているのかもしれません。
子どものころから、自分が生活する場所について考えることに
慣れ親しんでいれば、面倒くさいなんて思わないだろうし、
どうでもいいことなんて考えないはずです。
いつも、この楽しさを多くの人たちと共有したいと思っているし、
そうなってくれば、街並みまでもがもっと楽しいものになるにちがいありません。

 ああ、なるほどなあと思いました。たしかに私なんかのばあい、家のつくりや空間の使い方について、日頃とても無頓着で、あまり自覚的ではありません。マス・メディアの表層に流れているものを無意識のうちに当然と考えてしまったり、たいした根拠もなく受け継がれてきたものをそのまま無批判に受け入れていたり、「面倒」というよりは、空間について思考が停止しているんですね。

 でも、この絵本に描かれている「家のきおく」を読み、また「みかんぐみ」が設計した家の写真を見ていると、とても新鮮で、こういう見方・考え方もありだなと思えてきます。なんというか、認知と思考の枠組みが広がる気がします。そして、一度、「常識」を取り払ってみれば、自分の生活する場所や空間の可能性をあれこれ考えるのは、ワクワクするような楽しいことだなと思いました。

 少し主旨が違うかもしれませんが、たとえば子どものころの秘密基地づくり。いろんな材料を使って、とにかく自分たちにとって居心地のよい場所をなんとか作り出そうと熱中していたなあと思い出しました。まあ、そんなに大したものはできなかったのですが、本当に懸命に取り組んでいました。これも「家のきおく」の一つと言えそうです。あのときの楽しさは、いま自分が生活する空間を考えるときにも大事な気がします。

 ところで、この絵本は、物語絵本とも図鑑とも異なる独自な内容、文章も幼児がスムーズに理解するには難しいかもしれません。

 うちの子どもは最初、ぱらぱらと自分でめくって見ていて、「うーん、読んでみないと分からないねえ」と言っていました。そして「この絵は何で描いているのかな?」。「コンピュータで描いているんじゃないの」と言うと「あ、やっぱり。そうだと思った」。子どもはよく見ているなあとびっくりしました。

 で、読んでいくと、うちの子どもには、それなりにおもしろかったようで、ふーん、という感じで聞いていました。でも最後のページで眠ってしまいました(^^;)。もう少し大きくなると、もっとよく理解できるかなと思います。小学生以上向きかもしれません。

 それはともかく、うちの子どもにとって、いま自分たちが住んでいる家はどんなふうに記憶されるのかなあ。大きくなってから聞いてみたいです。楽しみでもあり、不安でもあり……。そういえば、先日、一緒にお風呂に入っていたら「僕はこの家から引っ越したくなーい」なんて言っていました。古くてそんなに広くないのですが、いまの家がだいぶ好きなようです(^^;)。あるいは、他の家のことをあまり知らないからかな。

 この絵本は、「くうねるところにすむところ 子どもたちに伝えたい家の本」というシリーズの一冊。奥付にはこのシリーズの「発刊のことば」がありました。現在、「家に守られる、家を守る、家とともに生きるという一体となった感覚」「家文化」が衰退しており、それが子どもたちにも影響を及ぼしているのではないかというのが基本の問題意識のようです。ここでの「家」とは、社会制度としての「家」ではなく、具体的な空間・建物としての「家」ですね。で、その「家文化」の再生に取り組むために、建築家やアーティストや作家が子どもの目線で家について伝えていくというのが、このシリーズの主旨。他には益子義弘『家ってなんだろう』と伊礼智『オキナワの家』が刊行されています。

▼建築家 みかんぐみ/作画 加藤朋子『家のきおく』インデックス・コミュニケーションズ、2004年、[プロジェクト・ディレクター:真壁智治、アート・ディレクション:油谷勝海、デザイン:池田博範/田中弘子、解説・建築家紹介:鈴木明、編集プロデューサー:堀込一博、編集:崎浜志津、翻訳:菊池真実、本文使用書体:金井和夫 作 解築地明朝体+本明朝体]