この本の最終章である「第4章 絵本が語る現代」では、現代社会を絵本がどのように映し出しているのかが扱われています。
美術史の世界ではアプローチの仕方もイコノグラフィ(図像学)、様式論、記号論、心理学などと多様だが、作品を時代精神の中で考えるイコノロジー(図像解釈学)が最も作品を深くとらえているように思う。絵本論ではまだイコノロジーによりアプローチしたものはあまり見受けられないが、母親、老人、子どもなどの絵には歴史的、風土的、社会的なイメージが重ねられている。絵本の絵がそのイメージを再構成すると同時に、新しいイメージを世の中に広める力にもなる。つまり、一冊の絵本が新しい人間の在り方や人間関係のイメージを作り出す大切さを理解していただけたらと思うのだ。(168-169ページ)
この中川さんの議論はよく理解できます。女性や子育てや老いについて新しいイメージを意欲的に提示している絵本もたくさんあると思います。食わず嫌いをせずに、そういった絵本も読んでいきたいものです。
だた、その一方でおそらく絵本は、それが絵本であるがゆえに新しいイメージの創出に困難を抱えているところもあると思います。
つまり、多くの絵本は、イメージを革新するというよりは、むしろ、既存の凝り固まったイメージをそのまま反復しそれをますます強固にしているかもしれません。絵本が子どもを対象に作られていること、そこでの「子ども」観がそれ自体一定のイメージにしばられていること、そしてまた絵本をもっぱら教育の手段ととらえてしまいがちなこと、こういったことが絵本におけるイメージの冒険を阻んでいる可能性は否定できない気がするのですが、どうでしょう。
とはいえ、具体的に何か新しいイメージを創出するわけではなくても、もう少し抽象的な水準で絵本は大きな力を発揮しているのではないかと考えました。たとえば女性の生き方や環境問題や死などを直接に扱っていなくても、イメージとの関係の結び方やつきあい方について絵本が伝えていることもあるように思います。こういう水準での絵本の可能性も考えられるかもしれません。
なんだか自分でも難しくてよく分からなくなってきましたが(笑)、ともあれ、中川さんの本を読んであれこれ思考が刺激されました。この本、絵本についてとても新鮮な見方・読み解き方が示されており、読んで損はないと思います。新書で割と簡単に手に入りますし、一読をおすすめします。
▼中川素子『絵本は小さな美術館』平凡社新書、2003年、定価(本体 880円+税)