実はうちの子どもは電車が大好きで、言葉を多少しゃべりはじめるころにはもう日本全国の特急列車の名前を覚えているほどでした。電車図鑑の写真をみながら「サンダーバード」とか「スーパーあずさ」とか「スーパー北斗」とか「ソニック」とか……これは将来「てっちゃん」(鉄道マニア)になるかなと思ったのですが、そのうち興味関心はどんどん変わり、いまはそれほどでもないようです。
そんなわけで、この絵本は、走る列車の姿を非常にシンプルに美しく描き出した列車絵本。
登場するのは蒸気機関車にひかれた貨物列車。一つ一つの貨車は、赤、オレンジ、黄、緑、青、紫の一色に彩色され、そして先頭の石炭車と蒸気機関車は黒色です。走りはじめると、それぞれの貨車の色がうしろに流れるように描かれ、色と色が微妙にまざりあいます。トンネルをくぐり、まちをとおりすぎ、鉄橋をわたり、どんどん走っていく列車の姿が本当に美しい。
線路や貨車や蒸気機関車はきわめてシンプルなフォルム。また、背景の多くは白い画面で、山々も省略して描かれ、まちなみや鉄橋はある種の幾何学模様のように表現されています。
そんなふうに表現を削り落としているがゆえに、後方に流れてゆく色彩がこのうえなく美しく、走る蒸気機関車のスピードと疾走感が際立っているように思います。
そして、この絵本、色彩の美しさは文字の色にも現れています。それぞれの画面に合わせて文字の色も多彩に変化しており、その点でも楽しめます。
もう一つ、ページの組み立ても凝っているように思いました。最初のページは線路だけ、次に貨車を一つ一つ紹介し、そのうえで貨物列車の全体像を見せています。ここまでで絵本の半分が使われ、そして後半はひたすら疾走する姿。静と動の対比は、色彩の変化はもちろんのこと、ページのつくりにも現れていて、とても印象的です。
また、最後のページもなかなか感動的。
とうとう ぎょうれつは
みえなくなっちゃった。
この文の付いた絵では、列車の姿はすでになく、後方にたなびくけむりと線路だけが描かれています。スピードを上げた汽車が遠くにみえなくなっていく、そんな感じかなと思います。
ところで、うちの子どもによると、貨物列車は消えたわけではないのだそうです。この絵本の表紙と裏表紙には貨物列車の全体が描かれているのですが、本文の最後のページでみえなくなった列車はそのまま裏表紙と表紙に現れ、そしてまた絵本のなかに入って走りはじめるのだそうです。つまり、列車はぐるぐるまわっているというわけです。なるほどねえ、ちょっと感心。
実は表紙と裏表紙の見返しは白い画面のままなのですが、ここに線路が描いてあったら、うちの子どもの考えているとおりになるなあと思いました。
▼ドナルド・クリューズ/たむら りゅういち 文『はしれ!かもつたちのぎょうれつ』評論社、1980年
『はしれ!かもつたちのぎょうれつ』ドナルド・クリューズ/たむらりゅういち
絵もストーリーも非常にシンプルながら、いやシンプルだからこそ、汽車を堪能できる美しい絵本です。登場する貨物列車は複雑な線を極力省き、リアルとシンプルのバランスを…