絵本の映画化を少し考えてみる

 先日、「あらしのよるに」シリーズの映画化について書きましたが、そういえば、最近、絵本の映画化が続いているような気がします。去年のクリスマスには、オールスバーグさんの『急行「北極号」』が3Dアニメ化されていますし、今年は同じくオールスバーグさんの『ザスーラ』が『ジュマンジ』に続いてCGばりばりの実写映画化され、現在公開中ですね。

 オールスバーグさんの絵本は、たしかにストーリーや素材は映画向きかなと思います。とくに『ジュマンジ』や『ザスーラ』は、あっと驚く舞台設定とジェットコースターのようなストーリー展開。これを映画にするのも、うなずける気がします。

 でも、『ザスーラ』の予告編をネットで見てみたんですが、やっぱり、もともとの絵本の魅力が消し飛んでしまっているような気がします。オールズバーグさんの絵本は、一見派手そうにみえて、実際に読んでみると、きわめて寡黙なんですね。モノクロで静謐といってよい画面です。これが、映画だとフルカラーのCGになってしまう……。原作絵本が持っていた、静かでありながらも独得のダイナミズムは、失われるように思います。

 考えてみると、絵本と映画というのは、メディアの特性として、相当に違いがあります。もちろん、音や音楽が付くことは一番大きな相違点と言えそうですが、ページを単位にした静止画と、リアルな時間の流れのなかで終始動いている画面の違いは、かなり大きいような気がします。

 絵本の場合には、静止画であるがゆえに、物語のすべての要素を画面に定着させることは不可能です。描かれない部分がたくさんあり、そのため逆に、描かないことによって多くのことを語ることができると思います。読み手の多様なイメージを喚起することで、はじめて完結すると言えるかもしれません。

 ところが、映画の場合には(とくに近年のCGを多用した映画の場合には?)、可能なかぎりすべてをダイレクトに描写することに力点があるような気がします。私たちが実際には見ることのできないものをもCGを使って描くわけです。いわばそのスペクタクルが映画の魅力の一端だと思います。

 もちろん、映画のなかにも、描かないことによって、描写を切りつめることによって、何かを物語る場合も多々あります。でも、絵本の描写の限定性とは比べものにならないでしょう。

 また、ページを単位にしている絵本は、遡ることができますし、進行のスピードも自由に読み手が調節できます。子どもと一緒に読んでいて、ページをめくる手を止めて、あれこれ話したりもできます。でも、映画では無理です。物語るスピードは、通常、映画それ自体によって定められ、受け手がそれを調節するのはかなり困難です。むしろ、受け手がコントロールできないところに、映画の独得の魅力があるような気がします。

 こんなふうに考えてみると、絵本を映画化するのは、いろいろと難しい面があるのかなと思います。絵本と映画は、メディアとしてまったく違った物質で出来ていると言っていいかもしれません。

 まあ、考えすぎかもしれませんが、なんとなく感じたことを書いてみました。また機会があったら、絵本と映画、少し突っ込んで考えてみたいと思います。

 それはともかく、『ザスーラ』。私が一番気になるのは、ラストの扱いです。原作絵本の、あの切ない結末が映画ではどう描かれるのか。あまり見たいとは思わないのですが、ちょっとだけ気になります。

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