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ディック・ブルーナ『うさこちゃん ひこうきにのる』

 ご存知、「うさこちゃん」シリーズの1冊。「うさこちゃん」が「おじさん」の飛行機に乗せてもらうという物語。

 ブルーナさんの絵本は非常にシンプルに見えるがゆえに、逆に、絵本としてのつくりの特徴がよく表れている気がします。この絵本を読んで、3つのことに気がつきました。どれもよく知られていることかもしれませんが、ちょっと記しておきます。

 一つ目は、登場するキャラクターはどれも横顔を決して見せないこと。後ろ姿はあっても、横から見た構図は出てこないです。これは割とよく知られた特徴ですね。

 この絵本では、「うさこちゃん」と「おじさん」が飛行機に乗って飛んでいる様子が描写されていますが、飛行機は横から描かれているのに対し「うさこちゃん」も「おじさん」も進行方向を向いていません。常に読者の方に顔を向けています(表紙からしてそう)。

 奇異な感がないこともないのですが、子どもにとってはこの方が安心できるかもしれないと思いました。画面が統一的で安定するとも言えます。

 二つ目は、ページのめくりの方向と画面上の飛行機の向きの関係です。基本的に飛行機は次のページの方に向かって飛んでいるように描かれています。つまり、飛行機の向きとページの向きが同じなわけです。読者は、ごく自然に「うさこちゃん」や「おじさん」と同化できると言えます。

 ところが、1ページだけ、飛行機の向きが逆になっているところがあります。つまり、以前のページの方を向いて描かれているわけです。それは、「おじさん」が「うさこちゃん」に「そろそろ かえろうか」と言うページ。なるほど、飛行機の向きが逆になるわけです。

 絵本において、ページをめくるという具体的な動作と絵のなかのベクトルとが緊密な関係を結んでいることがよく分かります。

 三つ目は、飛行機のプロペラの描き方。ブルーナさんの絵本では、ほとんどのものの輪郭が割と太い黒で縁取られていると思います。

 ところが、飛行機のプロペラだけは、黒い輪郭線がありません。これは、おそらくはプロペラが終始まわっていることを表しているのだと思います。輪郭線をどう描くかというとても簡素な表現によって、たしかに空を飛ぶ飛行機の振動が伝わってくるように思います。

 こうやって三つ挙げてみると、どれも飛行機の描写に関係していますね。動くもの、しかも相当に速く動くものを描くことは、ブルーナさんの絵本において、かなり特異なのかもしれません。それだけに特徴がよく出るのかなと思いました(間違っているかもしれませんが……)。

 原書“Nijntje Vliegt”の刊行は1970年。

▼ディック・ブルーナ/石井桃子 訳『うさこちゃん ひこうきにのる』福音館書店、1982年、[印刷:精興社、製本:精美堂]

バージニア・リー・バートン『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』

 一ヶ月ぶりに「けいてぃー」。うちの子どもは「冬といえば、この絵本だよね」と持ってきました。「けいてぃー」の活躍を見ていると、寒い冬でもなんだか体のなかから力がわいてくる感じです。

 以前も思ったのですが、この絵本は絵も文も実にリズミカル。たとえばページのすみを囲うさまざまなイラストや線模様、あるいは除雪した道に付いたキャタピラの跡や脇によけられた雪の模様、「けいてぃー」が通った道々やその周囲に立ち並ぶ家々、ページ内の文章の配置……。いろいろなかたちと線と色が、何か秩序と力と流れを持ってリズムを刻んでいます。

 線と線、曲線と曲線、かたちとかたち、色と色が、響き合い共鳴し合い、まるで音楽が聞こえてくるような感じ。あるいは美しく力強いダンスを見ているような感じと言っていいかもしれません。それは、降り続く雪のリズムや、「けいてぃー」の規則正しいエンジン音、また「じぇおぽりす」というまちそれ自体の息吹をも伝えていると思います。

 そもそも絵本にとって、リズムというのはとても大事な要素なんじゃないかなと今回あらためて感じました。

▼バージニア・リー・バートン/石井桃子 訳『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』福音館書店、1978年

バージニア・リー・バートン『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』

 久しぶりに「けいてぃー」。読む前に「けいてぃーって、男の子だと思う?女の子だと思う?」と聞いてみたら、うちの子ども曰く「男の子!」。

 うーん、やっぱり、そう思っていたか。いや、実は私もしばらく前までは「けいてぃー」は男の子だと思い込んでいたのです。間違いに気付いたのは、バージニア・リー・バートンさんの伝記を読んだとき。原書の一部が写真で掲載されていたのですが、代名詞が”she”だったのです。英語だと代名詞で女性か男性かはっきり分かるのですが、日本語だとそのあたりがあいまいになります。というか、考えてみれば、そもそも「けいてぃー」という名前は女性の名前ですよね。いかに自分が既成のものの見方にとらわれているか、あらためて痛感しました。ほんとにつまらない先入観です。

 それで、今回うちの子どもにも「けいてぃー」は女の子なんだよと説明しました。「えー! 女の子なの!」とびっくりしていました。本文扉の前のページに描かれている、バートンさんの他の絵本の主人公たちを指して「じゃあ、これは?これは?」。スチーム・ショベルの「メアリ」も「いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう」も女の子だよと言うと「へぇー!」。うちの子ども、少し驚きはしたようですが、「あ、そうなんだ」と割と自然に受け止めていました。

 絵本はまずは楽しむものですが、しかし、そこに何が描かれているのか、もっと自覚的でないといけないなと反省。

▼バージニア・リー・バートン/石井桃子 訳『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』福音館書店、1978年