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東 君平『びりびり』

 表紙に描かれているのは、黒い大きな怪獣のようなもの。小さな目が光っています。めくった見返しにはハサミが一つ。そして、本文は(タイトルページなしで)黒いページに白抜き文字の次の一文。

いちまいの くろいかみを びりびり やぶいていたら へんなどうぶつが うまれました。びりびりという なまえを つけてあげたら ひとりで あるきだしました。

 次の見開き2ページは、左が切り取られた黒いページ、右に四つ足で丸まるとした黒い「びりびり」が描かれています。まさにハサミで切り抜いたかのよう。スリリングな導入です。

 歩き出した「びりびり」は何でも食べてしまい、そのつど、食べられたものを取り返すために2つに破られます。破られた「びりびり」は半分の大きさになってそれぞれまた動きだし、1匹が2匹、2匹が4匹、4匹が8匹、8匹が16匹とどんどん増えていきます。

 これが一応のストーリーですが、この絵本のばあい、ストーリーはあってないようなもの。

 おもしろいのは、「びりびり」と手で破っているかのように描かれているところ。破れ目もぎざぎざです。もしかすると、本当に黒い紙を破って描かれている(?)のかもしれません。

 大きさが半分になって数が増えていくところは、破るというアクションがそのまま画面に定着しているような楽しい雰囲気です。本文はすべてモノクロですが、地味ということはまったくなく、躍動感に満ちています。絵本を見ている(読んでいる)私たちも、まるでじっさいに手を動かして「びりびり」「びりびり」黒い紙を破っているかのような気分になってきます。

 「びりびり」は小さな目といい半開きの口といい、表情があるようでないような、どちらかというと不気味です。しかし、破られて数が倍々に増えていき、みな右の方を向いてトコトコ歩いていくのも、なんだか楽しげです。

 また、この絵本の躍動感は文にも表されていると思いました。というか、絵と文が一体になってリズムを刻んでいます。文はたとえば次のような感じ。

ぼくの時計を パクパク食べた
それはビリビリ それはビリビリ
だいじな時計を とりかえせ
こらビリビリ そらビリビリ

 この調子がずっと繰り返され、とてもリズミカル。読み聞かせのときも、拍子をつけてまるで歌うかのようになります。「ビリビリ」という繰り返される言葉の響き、声に出すときの唇と口の動きもなんとなく心地よいです。

 この絵と文の一体感、変な話ですが、身体を動かしたくなってきます。みんなでいっしょに紙を「ビリビリ」破りながら歌って踊れそうなくらいです。

 よく見ると、表紙のタイトルと本文の最初のページでは「びりびり」と平仮名になっていますが、それ以外はすべて「ビリビリ」とカタカナ表記。

 「びりびり」が動き出す、「びりびり」と破る、「びりびり」と声を出す、「びりびり」と踊る(笑)、そんなリズムとアクションには「ビリビリ」のカタカタ表記がしっくりくるように感じました。

 ところで、奥付には、この絵本の来歴が説明されています。

本書「びりびり」は、1964年、東君平24歳のときの絵本で至光社より上梓されたものを、原書をできるだけ生かして再構成したものである。

 24歳のときの絵本! すごいですね。著者紹介によると、東さんは16歳で家を出て、22歳で『漫画讀本』でデビュー。翌年渡米し、6ヶ月のニューヨーク生活を経て、帰国後、絵本や童話などの創作活動を開始。1986年に46歳の若さで亡くなられたとのこと。24歳のときということは、ニューヨークから帰ってきてすぐに描かれた絵本ということでしょうか。

 東さんの他の絵本もぜひまた見てみようと思います。

▼東 君平『びりびり』ビリケン出版、2000年