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サイモン・ジェームズ『ふしぎなともだち』

 ママとこの町に引っ越してきた男の子、レオン。パパは軍隊に入って遠くの地に離ればなれ。そんなレオンにもボブという新しい友だちができ、レオンの部屋でいっしょにくらします。実はボブは誰にも見えないのですが、レオンにはボブがそこにいることが分かります。

だから、レオンは かならず ボブの
せきを よういする。あさごはんの ときも、
「ボブ、もっと ミルク どう?」

 ある日のこと、隣の家に引っ越してきた男の子を見かけます。会いに行こうと決めたレオンは(見えない)ボブといっしょに隣の家のドアに続く階段を上るのですが、途中でボブが消えてしまって……といったストーリー。

 多くの画面でレオンは一人ぼっちです。寝て、朝起きて、着替えて、歯をみがき、朝食をとる、すべて一人きりです。学校に行くときも家に帰ってからも一人。いっしょにいるはずのボブの姿は描かれていません。誰も座っていないイス、広い空間がボブを取り囲んでいます。また、ママが登場するのは、レオンに上着を着せている一場面だけ。レオンはサッカーボールを持っていますが、部屋のなかに置いたきりで、友だちといっしょに遊ぶ場面はありません。街路樹の葉が落ちていることからすると、季節は冬のようです。

 とはいえ、画面の端々からうかがえるのは、さびしさというより、まっすぐにけんめいに日々を生きる様子。

 ママは一度しか登場しませんが、その表情としぐさからは、レオンを大事に愛していることがそこはかとなく伝わってきます。また、レオンのベッドわきには笑顔のパパの写真が立てかけてあり、ダイニングにはたぶんレオンが生まれたばかりのころのパパとママとレオンの写真が飾ってあります。パパからはしばしば手紙が届き、それをレオンは楽しみにして何度も読んでいます。

 どれもさりげない描写で、絵に付けられた文も説明を省いて簡潔そのもの。でも、そうであるからこそ、家族の愛情やけなげなレオンの姿が浮かび上がってくるように思います。

 ところで、この絵本の本文には「あっ!」と驚く非常に不思議なラスト、まるでミステリー映画のような結末が用意されているのですが、さらに心を動かされたのが、本文のラストページをめくったその先です。表紙の見返しと裏表紙の見返しが効果的に使われており、なんだかあたたかな気持ちになります。

 それから、この絵本は、縦30センチに横20.5センチと少し縦長。この縦長の画面も物語と密接に結びついていると思いました。たとえばレオンの住んでいる部屋の天井はどれも非常に高く、ドアや窓も縦長で大きく描かれ、これに比してレオンはとても小さく描写されています。レオンが一人であることを如実に物語っていて印象的です。

 また、レオンがとなりの家の階段を上っていく場面でも、階段は縦長に長く大きく、また、登り切った先のドアもレオンの前にそそり立つように描かれています。階段に座り込むレオン、ドアの前に立ちすくむレオン。レオンの不安と逡巡がよく伝わってきます。

 あと、レオンが黒髪の黒人で隣家の男の子が金髪の白人であることも、象徴的かなと思いました。それほど強い主張ではないでしょうが、民族や肌の色の違いを越えることの大切さが示唆されているのかもしれません。

▼サイモン・ジェームズ/小川仁央 訳『ふしぎなともだち』評論社、1999年