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ウィリアム・スタイグ『歯いしゃのチュー先生』

 ネズミの歯医者さん「チュー先生」はとても腕利きで、いつも患者さんでいっぱい。助手の奥さんと一緒にどんどん治していきます。モグラやシマリスといった自分と同じ大きさの患者さんはもちろんですが、ブタやウマ、ウシといった大きな患者さんも特別の設備で治療。とはいえ、「チュー先生」はネズミですから、たとえばネコやその他の危険な動物は最初から診療を断ってきました。

 ある日、虫歯を抱えたキツネがやってきます。本来ならお断りなのですが、あんまり痛そうなので、「チュー先生」はかわいそうに思い、治療することにしました。ところが、このキツネ、診察されているうちに、「チュー先生」を食べたくなってきました。さあ、「チュー先生」はどうやってこの危機を乗り越えるのか……。

 この絵本、先日読んだ『ねずみの歯いしゃさんアフリカへいく』のシリーズ前作ではないかと思います。登場するのは、同じネズミの歯医者さん。『ねずみの歯いしゃさんアフリカへいく』では「ソト先生」という名前でしたが、今回は「チュー先生」。でも、原書のタイトルを見ると、間違いなく「ソト先生」ですね。固有名をどう訳すか、訳者によって判断が違うのかなと思います。

 『ねずみの歯いしゃさんアフリカへいく』もそうでしたが、この絵本でも、大きな動物たちと小さな「チュー先生」の対比がユニーク。多くの画面で「チュー先生」夫婦は小さく描かれており、ところが、この小さき者が力ある大きな者を助けるわけです。

 治療の描写もなかなかおもしろい。いろいろ特別の器具を使い、患者の口に入り込んで処置するんですね。ぱかっと開けた口のなかに美味しそうなネズミ。だから、キツネも食べたくなってしまうわけです。いや、気持ちは痛いほど(^^;)分かります。

 また、このキツネ、表情の変化が絶妙です。目つきや口の端の細かな動きが、ずるかしこいキツネの心情をよく伝えています。

 ところで、なるほどなーと思ったのが、自分の仕事に対する「チュー先生」の心意気。

「いったんしごとをはじめたら」と、チュー先生はきっぱりと
「わたしはなしとげる。おとうさんもそうだった」

 多少のリスクがあっても、仕事は最後までやり遂げる……。表紙に描かれた、治療台の横に立つ「チュー先生」のりりしい姿からも、自分の仕事に誇りを持っている様子がうかがえます。

 まあ、仕事の中身にもよりますし、いつでもそう出来るわけではないでしょうが、しかし、こういうのは格好よいです。

 原書”Doctor DE SOTO”の刊行は1982年。

▼ウィリアム・スタイグ/うつみ まお訳『歯いしゃのチュー先生』評論社、1991年