月別アーカイブ: 2004年3月

五味太郎『がいこつさん』

 主人公はタイトルの通り「がいこつさん」。どうもよく眠れません。

───はて なんだか 気になることがある……
───なにか 忘れているような気がする……

 というわけで、「がいこつさん」は何を忘れているのか思い出そうと、散歩に出かけます。いろいろ歩き回ってもなかなか思い出せなかったのですが、ふとデパートのトイレットに入ると「あっ 思い出したぞ!」。というわけで、ようやく「がいこつさん」は眠ることができたというストーリー。

 この絵本、そのまんま骨の「がいこつさん」がまちなかを歩きまわる、しかも何か忘れていて思い出せないという、とてもシュールな設定です。ふつうのまちなかのふつうの人間たちのなかに「がいこつさん」がたたずんでいて、思い出せなくて困ったような顔をしている(もちろんじっさいには表情はありませんが)、そんな絵の描写もおもしろいです。「がいこつ」とはいっても、こわいことはなく、むしろ、ひょうひょうとしていて顔つきもユーモラス。思い出して家に帰る場面では、なんとなくすっきりとして楽しそうです。

 深読みしてみると、この「がいこつさん」はもうすでに亡くなっていて、でも世間に未練があり、それを思い出そうとしているのかなあとも思えてきます。たとえば「がいこつさん」を「待っていた人もいたけど、それはもうずっと昔の話」なんて書かれています。で、ようやく思い出して、すっきりと永遠の眠りにつくことができたというわけです。忘れていたことがそんなに大したことではなくて安心ですが、話の展開によってはとてもこわいストーリーになっていたかも。

 うちの子どもが教えてくれたのですが、そもそも、まちなかをてくてく歩く「がいこつさん」に誰も気がつきません。唯一、ソーセージ屋さんだけが話しかけています。うーん、やっぱり、幽霊なんでしょうか。

 それはともかく、思い出せそうで思い出せないのは、隔靴掻痒というか、落ち着かない気分ですよね。私もだんだん年齢を重ねるにつれ、そんなことが増えました(笑)。この絵本ではその様子を、それが「がいこつさん」であることと絡めてとてもユーモラスに描いています。たとえばこんな感じ。

───病院に 予約してあったかな。
まさか。がいこつさんに 病気するところ どこもない。
───それもそうだな。

───はて おなかがすいているの 忘れていたかな。
まさか。がいこつさん おなかもないくせに。

 引用からも分かりますが、絵に付けられている文章は、客観的な描写のところもあるのですが、多くは「がいこつさん」と誰かが会話をするというかたちになっています。会話をしているわけですから純粋に物語の外の語り手ではないし、でも客観的な描写もあるので完全に物語のなかの登場人物でもない。物語の内と外との境界にあって、読んでいる私たちを誘っている、そんな微妙な立ち位置も興味深いです。

 うちの子どもによると、この絵本のおもしろいのは思い出そうと考えているところだそうです。また、トイレットの二つ並んだドアの取っ手が目みたいで「がいこつさん」をぎろっと見ているとのこと。私はぜんぜん気がつかなかったのですが、言われてみればその通り。子どもは見るところが違うなあと思いました。

 それはそうと、「がいこつさん」は結局、何を忘れていたのでしょうか? 実はヒントがこの絵本の表紙・裏表紙の見返しに隠されているのですが、とりあえずここでは秘密にします(笑)。ぜひ読んでみて下さい。

▼五味太郎『がいこつさん』文化出版局、1982年

タイガー立石『とらのゆめ』

 タイトルのとおり、眠っている「とらの とらきち」の夢を描いた絵本。

 表紙にはりっぱなトラがすくっと立っているのですが、よくみると宙に浮いています。また、後方には、一見したところ木々のようにみえて実はトラが2匹つかまっているだまし絵があります。

 このなんとも不思議な表紙をめくると、次から次へと奇妙な「夢の世界」が広がっていきます。なにせ夢をみているのは人間ならぬトラですから、私たちの想像の限界を軽々と飛び越えていきます。

 影が左右逆に映る池、身をまるめてだるまさんに変身したりくるくる回るひもから浮かび出る「とらきち」、地平線に突然あらわれる迷路、向かい合う切り立ったがけのあなからわいてくるたくさんのトラ、果物のようなかご(?)に入って眠るトラ……だまし絵も何カ所かあり、だんだんめまいがしてきます。このイメージの跳躍力が、なによりこの絵本の魅力と思います。

 たとえば「とらきち」が夢の世界に出てきたり、だるまさんに変身したり、まるまって果物のようになるところでは、その変化を順々に複数の絵で表しています。だんだんかたちが変わっていって、思いもよらぬものが浮かび上がってくる、そんな様子が鮮やかに描き出されています。しかも、夢ですから、これは時間の変化を表しているのではなく、実は異なる時間のものがいっしょに並んでいるかのようにも思えてきます。

 あるいは、終わりの方のページで「とらきち」がリンゴのかたちになるところでは、変身がぐるぐると永遠に続くかのようになっており、もしかして「とらきち」は覚めることのない夢のなかにいるのかなとも思いました。

 実はうちの子どもは最初、この絵本あんまりおもしろくないと言っていたのですが、何回か読むうちに「おもしろいよ、ぼくにとっては」なんて言い出すようになりました。

 だまし絵に気がついたり、あるいは迷路のところを指でなぞったり、だんだん楽しくなってきたようです。うちの子ども曰く、

夢の外の世界はどこにあるのかあ?

夢じゃなく、ほんとのことだったらいいのねえ。
だって、迷路、ちょっとおもしろいから。

だそうです(笑)。

 この絵本、全体を通じて、幻想的なものを割と写実的に描く点がなんとなくサルバドール・ダリを彷彿とさせます。巻末の作者紹介によると、タイガー立石さんはもともと現代美術の作家とのこと。少し引用します。

1963年第15回「読売アンデパンダン」展に大レリーフ作品「共同社会」を発表。1966年“三人の日本人”展(日本画廊・山下菊二、中村宏と)。69年にイタリアのミラノに移り、ヨーロッパ各地で個展を開く。82年帰国。江戸時代から平成までの日本の社会を動かした人びとを描いた連作のほか、新手法のセラミックによる表現を開発し、絵画と彫刻、陶芸を融合した立体作品も制作している。

 こうした芸術家としての活動に加えて、絵本もたくさん描かれているようです。そのうち、機会があったら他のもぜひ読んでみたいと思いました。

 ちなみに、この絵本は、1984年に月刊絵本誌『こどものとも』に掲載され、その後、1999年になって単行本化されたそうです。

▼タイガー立石『とらのゆめ』福音館書店、1999年

日本絵本賞

 第9回日本絵本賞の各賞が決まったそうです。OKI*IKU Note さん経由で知りました。毎日新聞の記事です。

 検索してみたらウェブサイトもありました。賞の主旨説明のところを引用します。

(社)全国学校図書館協議会と毎日新聞社とによって、平成7年度より「絵本芸術の普及、絵本読書の振興、絵本出版の発展に寄与する」ことを目的に創設されました。賞には「日本絵本大賞」、「日本絵本賞」、「日本絵本賞翻訳絵本賞」のほか、今回皆様に投票をお願いする「日本絵本賞読者賞【山田養蜂場賞】」があります。

 このうち、日本絵本賞読者賞【山田養蜂場賞】は、「候補絵本選定委員会」が24冊の候補絵本を選び、そのなかから読者にハガキで投票してもらって、もっとも得票数が多かった絵本が受賞するとのこと。

 過去の受賞作品については、(社)全国学校図書館協議会のサイト学校図書館資料のセクション日本絵本賞受賞作品一覧で見ることができます。これはPDF文書になっています。

 また、この日本絵本賞以前に1978年から1992年まで実施されていた「絵本にっぽん賞」についても、同じく(社)全国学校図書館協議会の学校図書館資料のセクションのなかに、受賞作品一覧がPDF文書で提供されていました。

 ほかには、Yahoo!ブックスのウェブサイトのなかに、絵本・児童文学関係のいろんな賞の受賞作品リストがあります。こちらでは、書籍の画像もみれますし、イーエスブックスを通じて購入することもできるようです。

ドナルド・クリューズ/たむら りゅういち『はしれ!かもつたちのぎょうれつ』

 実はうちの子どもは電車が大好きで、言葉を多少しゃべりはじめるころにはもう日本全国の特急列車の名前を覚えているほどでした。電車図鑑の写真をみながら「サンダーバード」とか「スーパーあずさ」とか「スーパー北斗」とか「ソニック」とか……これは将来「てっちゃん」(鉄道マニア)になるかなと思ったのですが、そのうち興味関心はどんどん変わり、いまはそれほどでもないようです。

 そんなわけで、この絵本は、走る列車の姿を非常にシンプルに美しく描き出した列車絵本。

 登場するのは蒸気機関車にひかれた貨物列車。一つ一つの貨車は、赤、オレンジ、黄、緑、青、紫の一色に彩色され、そして先頭の石炭車と蒸気機関車は黒色です。走りはじめると、それぞれの貨車の色がうしろに流れるように描かれ、色と色が微妙にまざりあいます。トンネルをくぐり、まちをとおりすぎ、鉄橋をわたり、どんどん走っていく列車の姿が本当に美しい。

 線路や貨車や蒸気機関車はきわめてシンプルなフォルム。また、背景の多くは白い画面で、山々も省略して描かれ、まちなみや鉄橋はある種の幾何学模様のように表現されています。

 そんなふうに表現を削り落としているがゆえに、後方に流れてゆく色彩がこのうえなく美しく、走る蒸気機関車のスピードと疾走感が際立っているように思います。

 そして、この絵本、色彩の美しさは文字の色にも現れています。それぞれの画面に合わせて文字の色も多彩に変化しており、その点でも楽しめます。

 もう一つ、ページの組み立ても凝っているように思いました。最初のページは線路だけ、次に貨車を一つ一つ紹介し、そのうえで貨物列車の全体像を見せています。ここまでで絵本の半分が使われ、そして後半はひたすら疾走する姿。静と動の対比は、色彩の変化はもちろんのこと、ページのつくりにも現れていて、とても印象的です。

 また、最後のページもなかなか感動的。

とうとう ぎょうれつは
みえなくなっちゃった。

 この文の付いた絵では、列車の姿はすでになく、後方にたなびくけむりと線路だけが描かれています。スピードを上げた汽車が遠くにみえなくなっていく、そんな感じかなと思います。

 ところで、うちの子どもによると、貨物列車は消えたわけではないのだそうです。この絵本の表紙と裏表紙には貨物列車の全体が描かれているのですが、本文の最後のページでみえなくなった列車はそのまま裏表紙と表紙に現れ、そしてまた絵本のなかに入って走りはじめるのだそうです。つまり、列車はぐるぐるまわっているというわけです。なるほどねえ、ちょっと感心。

 実は表紙と裏表紙の見返しは白い画面のままなのですが、ここに線路が描いてあったら、うちの子どもの考えているとおりになるなあと思いました。

▼ドナルド・クリューズ/たむら りゅういち 文『はしれ!かもつたちのぎょうれつ』評論社、1980年

にしむらあつこさん関連のウェブサイト

 先日紹介した『ゆうびんやさんのホネホネさん』の作者、にしむらあつこさん関連のウェブサイトです。

 まず、P.1711たんじあきこさんのセクションにある、ゲスト・インタビュー

 P.1711 は、たんじあきこさん(イラストレーター)、丹地香さん(ニットデザイナー)、吉田晃さん(イラストレーター)の作品を展示したり、グッズを販売したりするウェブサイトとのこと。たんじさんのゲスト・インタビューの第2回に、にしむらさんが登場しています。

 実はにしむらさんはもともと服飾関係の仕事を志望されていたとのこと、絵本の道に進んだ経緯や、デビュー作『ゆうびんやさんのホネホネさん』の独特の輪郭線、好きな絵本、これからやりたい仕事などが、楽しい会話のなかで語られています。「ホネホネさん」の名前の由来も話されていました。

 続いて、絵本ハガキの店、パン・ポラリス活版所にしむらあつこさんのセクション

 このパン・ポラリス活版所さんでは、絵本作家さんの絵を使った絵ハガキを購入することができます。絵本からそのままとった絵以外にオリジナルの絵もあるそうです。絵本関連のイベントニュースやリンク集もとても充実していました。

 それで、にしむらさんのセクションでは、4種類のポストカードが掲載されています。ただ、残念ながら、そのうちの2種類は現在品切れ中とのこと。ほかには、著作リストやイベントの情報もありました。

 最後に番外編、ビワに関する健康情報や健康問題を扱う、ビワライフ・アンド・カンパニーのウェブサイト。サイト全体に、にしむらさんのイラストがたくさんあしらわれています。ニュースのセクションでも書かれていましたが、まるで、にしむらさんのウェブサイトのようです。

奥田継夫/関屋敏隆『はだかんぼうがふたり』

 さむーい冬の日、「一郎」くんと「おとうちゃん」と「おかあちゃん」は近くのお風呂屋さんに行きます。「一郎」くんは「おとうちゃん」といっしょに男湯。お風呂から上がると、外は雪。

「ゆきや おやじ!」
「さむいと おもた。」
「ええ おゆ やったな おとうちゃん。」

 この絵本、地の文章はすべて大阪弁の会話になっていて、なかなかユーモラス。うちの子どもが一番受けていたのは、次のセリフ。

「おやじの チンチン ちょっと おおきめ。」
「みるな ばか。」

 あと、「おとうちゃん」が湯舟のなかでおならをして、

プス プス プス プス プス プス

なんて書いてあるところでも大笑い。ちょっと下ネタ風ですが、でもお風呂屋さんですから、むしろ大らかで楽しくていいんじゃないかなと私は思います。

 「一郎」くんと「おかあちゃん」の次のやりとりも、なかなか味わいがあって、男の子のいるお母さんは実感できるんじゃないでしょうか。

「きょうは どっちへ はいるのん? おとこ? おんな?」
「きまってるやん。おとこ おとこ。」
「おかあちゃん だんだん いらんように なるみたい。」

 絵は主としてモノクロ。うすい色合いの紙か布(?)に刷ったような彩色で、親しみ深くなんだかなつかしさを感じます。表紙は、お風呂屋さんの煙突からもくもくと煙が出ている様子が描かれ、シンプルで印象的。表紙と裏表紙の見返しには、魚屋さんや酒屋さんが並んだ昔ながらの商店街が描かれていて、これもなつかしい雰囲気。

 お風呂屋さんですから、もちろん、子どもからお年寄りまでいろんな裸ん坊が描かれています。割と太い線で描かれ、どことなくユーモラス。そういえば、背中に入れ墨の入ったお兄さんとかも出てきていました。「一郎」くんが遊んで湯舟に潜ったりするところでは、水中のタイルの線を波立たせたりして、おもしろいです。

 湯舟の壁画は当然、富士山。「こんぴら ふねふね おいてに ほかけて しゅら しゅしゅしゅー」なんて歌声も書き込まれ、お風呂から上がったら二人でラムネを飲んでいたり、とても楽しい雰囲気。

 ちょっと不思議なのは、サブタイトル(?)にもなっている「おとなっていいなあ こどもっていいなあ」。本文では大阪弁で「こどもて ええなぁ。どこでも およげて。」「おとなて ええなぁ。けっこん できて。」と書かれているのですが、その次のページは見開き2ページを丸ごと使って、海で存分に泳いで魚をとる「おとうちゃん」さんや、「おとうちゃん」と「おかあちゃん」(?)が純和風の結婚衣装を着て並んでいる様子が描写されています。これが全体のリズムのアクセントになっています。

 たぶん文を担当された奥田さんの文章だと思うのですが、カバーに「風呂屋・考」と題された案内文がありました。少し引用します。

「ふろにいこう」というコトバが消えかかっている。自宅に風呂がつくことによって、風呂に行くのではなく、入いる。「ふろに入いろう」である。
[中略]
お風呂屋さんのいいところをあげれば、キリがない。大きい、広い、ゆったりしている、湯水をそれこそ湯水のごとく使える、人の話が聞ける、人の裸が見られる。それになにより湯あがりのからだに、風が吹くのがいい。

 これを読んで、たしかにお風呂さんのよさには「人の話が聞ける」「人の裸が見られる」ことがあるなあとあらためて思いました。同じ湯舟につかってなんとなく話する、そういったのんびりした付き合いはよいですよね。

 それに、別に変な話ではなく、「人の裸を見られる」のは実は子どもにとってかなり大事なんじゃないかと思います。子どもも大人もお年寄りも、やせた人も太った人も、いろんな人が真っ裸でいっしょにお風呂に入っている、みんなそれぞれ自分の体を持っている、当たり前ですがその厳然とした事実に接する機会は、お風呂屋さん以外ではあまりないでしょう。

 あと、奥田さんの文章によると、この絵本で描かれている湯舟はまわりに腰をかけるところがあり、それは大阪風なのだそうです。東京のお風呂屋さんには腰をかける縁がないとのこと。なるほどなあって感じです。

 ところで、この文章は1979年ごろに書かれたわけですから、もう20年以上たっています。いまでは、昔ながらのお風呂屋さんはほとんど消えかかっているかもしれませんね。私も大学生のころはたまに近くの銭湯に行っていましたが、卒業までにはその銭湯もいつのまにかなくなっていました。

 とはいえ、最近は、たとえば温泉を使ったり、いろいろアミューズメントの設備を整えた銭湯も増えてきているようですね。それは、昔からの銭湯とは違うでしょうが、でも、奥田さんの書かれているお風呂屋さんのよさをある意味で残している気がします。

 ともあれ、この絵本を読んでいると、子どもといっしょにお風呂屋さんや温泉に行きたくなってきます。そのうちまた、うちの子どもと温泉めぐりでもしようかな。

▼奥田継夫 文/関屋敏隆 絵『はだかんぼうがふたり』サンリード、1979年

大阪府立国際児童文学館

 先日の出張のときにちょっとだけ時間があったので、大阪府立国際児童文学館に行ってきました。

 場所は大阪、北千里の万博公園のなか。はじめてだったので中央口から入ったら、自然文化公園の入園料を取られてしまいました。国際児童文学館それ自体は入館無料なのですが、中央口から行こうとすると入園料がかかってしまいます。万博公園の東口からだと、入園料を払う必要はなく、直接、国際児童文学館に行けるそうです。はじめて行く方はご注意を。

 それで、この国際児童文学館ですが、アジア最大の子どもの本の資料・情報・研究センターとのこと。国際的な規模で児童文学関係の資料を収集・保存し、整理・公開することが使命とされ、児童文学及び児童文学に関わる児童文化の調査・研究機関、その成果を利用者に提供する資料・情報センターというのが、この国際児童文学館の主旨だそうです。明治時代からの子どもの本をはじめ、海外の子どもの本も含めて67万点を所蔵しているとのこと。

 調査・研究機関とはいっても、1階には「子ども室」が設置してあり、そこには2万点の子どもの本や絵本が開架されています。これは貸出も可能とのこと。じっさいに訪れてみると、こぢんまりしてますが、なかなか居心地のよい空間でした。また、ちょうど、「ニッサン童話と絵本のグランプリ」入賞作品展がおこなわれていて、こちらも興味深かったです。

 2階には「閲覧室」があり、ここで申し込めば閉架の書籍も手にとって見ることができます。ほかにも、2002年10月から現在までに出版された新刊の読み物や絵本や一般書など、約5000点が開架されていて、これは圧巻の一言。市販されていないものや各種の資料・図録などもそろっており、非常に充実しています。これまで知らなかった絵本や絵本に関する本もたくさん発見しました。ここは本当におすすめ。

 ただ、この「閲覧室」は、幼児や小中学生など子ども連れでは入れません。調査研究、資料提供の主旨からすると当然とも言えますが、ちょっと残念かな。

 検索してみると、ウェブサイトもありました。こちらも、きわめて充実しています。資料検索や施設案内はもちろんのこと、さまざまなイベントや展示の案内やレポート、専門的な研究紀要や報告書や出版物の案内、専門員や客員研究員の紹介、児童文学関連の新聞記事の紹介、関連学会や講演会のお知らせ、リンク集、などなど、たいへんな情報量です。

 主催のイベントや講演会も、とてもおもしろそうです。おはなしボランティアのスキルアップ講座やワークショップ、幼児から小中学生に向けてのプログラム、作家や児童文学者の方の講演会や人形劇や物語ライブ、おはなし会や物語体験クラブなど、私が大阪在住ならぜひ参加したいものが盛りだくさん。その他、ニッサン童話と絵本のグランプリ、国際グリム賞も主催しているそうです。

 このサイトでは、2003年に発行された「親と子が楽しむはじめての絵本」というリーフレットの中身も見ることができました。こちらも参考になります。

 ともあれ、施設もウェブサイトもたいへん充実していて、絵本や児童文学に関心のある方にはおすすめです。

にしむらあつこ『ゆうびんやさんのホネホネさん』

 「ホネホネさん」は、「ギコギコキーッ」と自転車に乗って動物たちに手紙を配達する郵便屋さん。動物たちはいろんなところに住んでいるので、木に登ったり、土のなかに入ったり、池に潜ったりします。

 この絵本では、動物たちに遠くの友達から夏休みのお誘いの手紙が届きます。たとえば「トリオくん」には「カモメちゃん」から「ぼうしじまに行きませんか」、「ニョロコさん」には「ワニオくん」から「ジャングルのおしゃれコンテストに出ようよ」といった具合です。

 そして夏休み。「ホネホネさん」には、いろんなところに出かけたみんなから手紙が届きます。そのなかには、ガールフレンドの「ホネコさん」からの手紙も。

ホネホネさんへ
こんどのおやすみに
じてんしゃの、のりかた
おしえてね。わたしも
ホネホネさんみたいに
ギコギコキーッて、のって
みたいな。
 ホネコより

 これが最後のページ。本を閉じると、裏表紙には「ホネホネさん」がガールフレンドの「ホネコさん」に自転車の乗り方を教えているところが描かれています。いつもの制服(?)とは違って、コウモリの絵柄のついたTシャツを着て、ちょっとおしゃれ(?)。

 この絵本で楽しいのは、まずは細部の描写。たとえば「ホネホネさん」は名前のとおりガイコツですが、とても親しげな顔(?)をしていてユーモラス。乗っている自転車の車輪のフォークは蜘蛛の巣みたいだし、サドルもガイコツのかたちになっていて、おもしろいです。

 他のキャラクターも、ミシンで洋服を作るヘビの「ニョロコさん」とか読書家の「ナマズさん」など、なかなか個性的。「ナマズさん」の本棚には、『いせき』『メキシコ』『インカ帝国』『ツタンカーメン』『アンデス』なんて本が並んでいて、どうも古代史ファンのようです。で、「ナマズさん」を招待する「アンコウさん」の本棚には、『レオ・レオーニ』『ドリトル先生』『ケストナー』『くまのプーさん』が並んでいて、こちらは絵本や児童書が好きなようです。

 夏休みに「ホネホネさん」に届くみんなの手紙も、「ナマズさん」のは俳句が書かれていたり、それぞれ独特のおもしろさ。

 また、最初のページには「ホネホネさん」の配達順路が地図のように描かれており、読み聞かせのとき指でなぞったりもできます。「ニョロコさん」が住んでいる「つちのなかアパート」も地面を輪切りにしたような感じで載っていて、うちの子どもは「どこがニョロコさんの部屋かなあ」と探して楽しんでいました。

 あと、この絵本、本文は一部を除いてすべて白と黒のモノクロで描かれています。とはいえ、表現が地味ということはまったくなく、楽しい雰囲気がよく伝わってきます。

 モノクロでない唯一のページは、夏休みになってみんなが出かけていく場面。モノクロではないとはいっても、青色の一色が加えられているだけ。でも、この青は、夏休みがはじまったことを象徴しているようで、なかなか印象的です。

 本の背は赤色、表紙・裏表紙は黄色、表紙のタイトルは青色と緑色と赤色、表紙・裏表紙の見返しは青色、とびらの前のページは黄色と青色といった具合に本文以外でも使われる色が限定され、しかもかなり目立ちます。本文と対比的で、こういう色彩のつくりもおもしろいです。

 この本はもともと1998年に福音館書店の月刊絵本誌『こどものとも 年中向き』に掲載され、それが「こどものとも傑作集」としてあらためて単行本化されたそうです。同誌には他にも『ゆきのひのホネホネさん』『はるかぜのホネホネさん』が掲載されているとのこと。こちらもぜひ単行本化してほしいなと思いました。

▼にしむらあつこ『ゆうびんやさんのホネホネさん』福音館書店、2003年