「絵本に関する本・雑誌」カテゴリーアーカイブ

『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』(その3)

 図書館に行くと、時々、紙芝居の読み聞かせをします。うちの子どものお気に入りは、チビロボのチビイのシリーズ。

 『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』でも、紙芝居が一つのジャンルとして取り上げられていました。紙芝居文化推進協議会の江森隆子さんが2003年の紙芝居の動向をまとめられています。「そうなのか!」と驚きがあったので、少し紹介します。

 まず、紙芝居を恒常的に出版しているのは、童心社と教育画劇の2社だけ。2社あわせて、2003年には計56点の紙芝居が刊行されたそうです。絵本の刊行数とは比べものにならないくらい少数ですね。

 「五山賞」という1年間に出版されたすぐれた紙芝居に授与される賞が1962年からあるそうですが、これも2002年分は該当作なしとのこと。江森さんによると、出版紙芝居はここ数年、冬の時代で低迷しているそうです。

 紙芝居はなにせスペースを取りますし、江森さんがまとめられたリストをみると、セット販売のものも多く、なかなか個人では購入できません。その一方で、おそらく図書館も、自治体の財政状況の悪化などにより、以前よりは紙芝居をそろえなくなっているのかなと思いました。このあたりが、冬の時代の背景でしょうか。

 とはいえ、紙芝居はそれ自体、絵本とは違った面白さがあります。図書館でうちの子どもに紙芝居の読み聞かせをしていると、しばしば他の子どもが横から見ていたりします。なかなか楽しいです。やはり画面が大きく、しかも画面転換の躍動感があって、絵本よりもっと開かれたメディアという感じがします。

 そのことについては、ひこ・田中さんがふれられていました。長いですが引用します。

……紙芝居もまた、絵本では表現できないすぐれたメディアなんですね。一つは、絵の横に、中に文章が入っていないために、読み聞かすときにちゃんと聞かす方と聞く方との距離がとれること。そして、どんな文章がそれに付いているかを想像しながら見ることができる。

[中略]

リズムが絵本というのはつかみにくいけど、紙芝居は今やっていただいたようにサッと引けるでしょう。子どものことから覚えてますけど、そのときの興奮ってないのですよね。次の絵がどう飛び出してくるか。そういう意味では、絵本よりアクロバティックなメディアなんですよね。せっかくそういうのが日本にあるのだから、どんどん世界の作家を刺激して、いろんな国で絵御と違った子ども向けの表現方法として普及すればいいという気がします。(68ページ)

 ここで田中さんがふれられているのが「紙芝居文化の会」の活動。ウェブサイトもあります。この団体は、紙芝居を世界各地に持っていき紹介しているそうです。

 オランダに持っていったら、リンデルト・クロムハウトさんという方が興味を持ち、オランダ初の紙芝居を作ったとのこと。それが『そんなのいらない』(リンデル・クロムハウト 文/福田岩緒 絵/野坂悦子 訳 童心社)。

 童心社からはもう1点、『しあわせいろのカメレオン』(ペッポ・ビアンケッシ 文・絵/野坂悦子 訳)が刊行されており、こちらも、ペッポ・ビアンケッシさんのはじめての紙芝居だそうです。

 江森さんによると、従来の翻訳紙芝居は、もともと絵本として作られたものを紙芝居に仕立て直したもので、紙芝居として無理のあるものが多かったとのこと。これに対し、上記の2点は、紙芝居に関心を持った海外の作家が、はじめから紙芝居として作ったオリジナル作品。

 田中さんは、紙芝居のサイズを統一して、全世界規格にしたらいいんじゃないかと述べられていました。紙芝居で使う舞台も統一サイズで安くして、どの紙芝居もその舞台で見せられるというかたちにする。こうすると、いまよりは個人も紙芝居を買えるようになるのではないかとのこと。

 出版紙芝居が低迷している一方で、「紙芝居文化の会」の活動やまた海外の作家が紙芝居にチャンレンジしたりと、紙芝居をめぐる状況が少しは変わりつつあるのかもしれませんね。

▼NPO図書館の学校 編集・発行『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』発売:リブリオ出版、2004年、定価 1,365円

『絵本のつくりかた1』(その2)

 先に紹介した『みづゑのレシピ 絵本のつくりかた1』のなかで、もっとも印象深かったのが松居直さんへのインタビュー(94~100ページ)。とくに絵本とは何かについて語られているところでは、目から鱗が落ちました。長いですが引用します。

 大人が絵本を読むのと子供が絵本を読むのは、読み方が違うんです。絵本は自分で読んだら三分の一くらいはわからない。文章を読むと絵が見えないし、絵を見ると文章が読めない。絵本は読んでもらうものなんです。

 僕の編集方針は「絵本は子供に読ませる本ではない」ということです。大人が子供に読んであげるものです。大人に読んでもらうと、子供は文章を耳で聞きますね。そして、同時に絵を見ます。絵を読むんですよ。絵はぜんぶ言葉ですから。言葉にならない絵はないんです。目で読む言葉の世界と耳で聞く言葉の世界が、ぴたっとひとつになるんです。子供の中で絵の世界は生き生きと動いている。動物も話をしています。それはまさに絵本の力です。この絵本体験がないと絵本の本当の面白さはわからないですね。大人でもそうなんですよ。(100ページ)

 これを読んで、とても考えさせられました。絵本は一人で読むものではなく、読んでもらうものだということ。これは絵本のもっとも大事な特質の一つと思います。

 誰かに読んでもらってはじめて絵本の世界に入ることができる。絵本は、つねに自分以外の誰かを必要とし、誰かと誰かの間ではじめてその姿を現す。だから、一人で読んでいたのでは、絵本の本当のおもしろさは分からない……

 大人になると、読み聞かせを「する」ことはあっても、読み聞かせを「される」ことは、あまりありません。自分が読み聞かせをするときはどうしても文章を追ってしまうし、一人で読むときも、文章と絵を交互に読んでいきます。子どものように「目で読む言葉の世界と耳で聞く言葉の世界が、ぴたっとひとつになる」という絵本体験は、まずないですね。

 もしかすると、図書館等の読み聞かせ会への参加が、「ぴたっとひとつに」なれる希有な機会なのかもしれません。それでも、大人のばあい、絵と文章が一体になって一つの世界が立ち上がる、そんな感覚はなかなか得られないと思います。

 私も子どもに読み聞かせをしながら、いろいろ自分勝手な感想を書き散らかしていますが、絵本を本当に了解するのは無理なのかもしれないなと思いました。まあ、当たり前といえば当たり前ですが……

▼みづゑ編集部 編『みづゑのレシピ 絵本のつくりかた1 あこがれのクリエイターとつくるはじめての物語』美術出版社、2003年、定価 1,995円

『絵本のつくりかた1』(その1)

 以前紹介した『飯野和好と絵本』が含まれている「みづゑのレシピ」シリーズの第一弾。『飯野和好と絵本』と同じく、絵本を自分で作りたい人向けの本です。

 「おりがみ絵本」や「ポップアップ絵本」、「布絵本」「ものさし絵本」「色紙や包装紙を使った絵本」といった手作り絵本の作り方が説明されています。それぞれ、100%ORANGEさん、あだちなみさんといった絵本作家の方々、わたなべいくこさん、立本倫子さん、アトリエ・グリズーさん、赤崎チカさんといったデザイナーの方々にじっさいに制作してもらい、そのプロセスが具体的に分かるようになっています。

 手作りの造本方法についても写真付きで一つ一つ詳細に説明がありました。さらには、印刷や自費出版に関しても紙幅がさかれています。かなり実践的です。

 絵本作り以外には、絵本作家の方へのインタビューや絵本にまつわる話題がいろいろ載っていました。どれもそれほど分量はありませんでしたが、おもしろかったものを紹介します。

 まず、酒井駒子さんのインタビュー(40~48ページ)。絵本の世界に入ったきっかけが語られています。酒井さんはもともと和物のテキスタイルデザインの仕事をされていて、その後、編集者でトムズボックスを主宰する土井章史さんと編集者兼デザイナーの小野明さんによる絵本のワークショップ「あとさき塾」に通ったのだそうです。

 以前紹介した『ロンパーちゃんとふうせん』や『赤い蝋燭と人魚』の鉛筆描きのダミーも写真が掲載されていました。最初、「ロンパーちゃん」は人間の子どもではなくヒツジだったそうです。上記の2冊も含めて、それぞれの絵本の着想や背景が語られていて、なかなか興味深いです。

 それから、巻末には絵本作家15人へのアンケートがありました(108~111ページ)。質問は、「Q1 これまでつくった絵本のなかで、ベストワンをあげるとしたら?」「Q2 絵本作家になるための資質とは、どんなものだと思いますか? 作家になるための勉強とは? 絵本作家を志す人へのアドバイスをお願いします。」の2つ。

 個性的な回答が寄せられており、おもしろいです。とくにQ2に対するスズキコージさんの回答は、まさにスズキコージさんならではのものと思います。引用します。

A2 迫力ある生活をする事
(109ページ)

 妙に納得できます(笑)。

 その他、武井武雄さんの刊本作品の紹介や、荒井良二さんと竹内通雅さんが即興で共作した巨大絵本(見開きで約2メートル四方!)のレポートなども、興味深かったです。

 ただ、残念なことに、この本は季刊『みづゑ』の記事の再録が多く、どれもそれほど分量がありません。もう少し詳しく知りたいなあと思いました。

▼みづゑ編集部 編『みづゑのレシピ 絵本のつくりかた1 あこがれのクリエイターとつくるはじめての物語』美術出版社、2003年、定価 1,995円

『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』(その2)

 日本子どもの本研究会絵本研究部の代田知子さんが担当された「今年の絵本」(16~29ページ)では、赤ちゃん絵本とブック・スタートについても書いてありました。興味深かったので紹介します。

 代田さんによると、2003年の一つの傾向は、赤ちゃん絵本がたくさん刊行されていることだそうです。たとえば「いないないばあ」の絵本はなんと8点も出ているとのこと。

 たぶん、このあたりが、以前の記事で紹介した『いないいないばあ』の著作権問題の背景なのかなと思います。

 それで、代田さんは、いまの赤ちゃん絵本について2つほど問題点を指摘されていました。

 一つは、赤ちゃん絵本といいながら、実は、もう赤ちゃんではない子どもたちが喜ぶものが多いということ。これは図書館の読み聞かせで代田さんがじっさいに経験されていることだそうです。本当の赤ちゃんにはあまり受けず、3歳ぐらいの子どもがとても喜ぶのだそうです。

 なんとなく思ったのですが、赤ちゃん絵本はまだあまり蓄積がなく、発展途上なのではないかということ。私もそんなに詳しくないので間違いかもしれませんが、たとえばゼロ歳児に絵本の読み聞かせをするのは、それほど昔からではないでしょう。歴史が浅いがゆえに、絵本作家の方々や絵本の編集者の方々もまだ試行錯誤の段階なのかなと思いました。

 いわゆる赤ちゃん学の領域では、ゼロ歳児が絵本をどのように受け入れているのか、いろいろ研究が進んでいるようです。これについては、以前の記事で紹介したNHK教育の「すくすく子育て」でも少し取り上げられていました。ただ、そういう研究が、じっさいの絵本作りの現場に生かされることはあまりない、あるいは生かせるほどの研究成果になっていない、ということかもしれません。

 もう一つ、代田さんが指摘されていたのはブック・スタート運動のあり方。赤ちゃん絵本がたくさん出版されている背景の一つに、ブック・スタート運動が挙げられます。代田さんが危惧されているのは、ブック・スタート運動が絵本の質をきちんと考えているかどうかということ。引用します。

……今ブック・スタートの多くは、図書館ではなく保健所が現場になっているわけですが、「赤ちゃんに本を」というふうに言いながらも、本の魅力や大切さを伝えるというところが欠けていて、母子遊びの道具として使っている。もちろん道具でいいのですが、文化財である絵本を使うからには、やはり質の高いものと出会わせるような工夫をしていかないと、ブック・スタートの運動も片手落ちになってしまうのではないのかと不安になりました。(18ページ)

 代田さんが出席されたブック・スタートの全国大会の分科会では、絵本をもっと安くできないかという話が出たそうです。出版社の方が「うちでは350円の絵本も出しています」と言い、これに対し司会の方が「もっと安く、150円になりませんか」と言うと、「では社長に相談してみます」と答えたとのこと。これに対し、代田さんは次のように発言されたそうです。

「今、100円のジュースを平気で買い与える親が多い中で、そんなに350円の本、高いですか?私は1000円でも高いとは思いませんけれど」(18ページ)

 私が住んでいるところではブック・スタートはないので、よくは分かりません。ただ、誰がどのように絵本を選んでいるのかが、たぶん問われるのだろうと思います。保健所だからダメということはまったくないでしょうが、絵本の質をきちんとふまえた取り組みが必要なのかもしれません。

 最初の指摘と合わせて考えるなら、質を問うことなく、ある種ブームのように赤ちゃん絵本がばんばん出され、それに流されるように赤ちゃんに絵本が与えられていく……これがいまの赤ちゃん絵本の危うさということでしょうか。

 とはいえ、赤ちゃん絵本の「質」をどう捉えるかがまた大問題かもしれませんね。

▼NPO図書館の学校 編集・発行『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』発売:リブリオ出版、2004年、定価 1,365円

『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』(その1)

 だいぶ更新が滞っていました。いろいろ仕事が立て込んでいて、記事を書く時間もなかなか取れませんでした。

 今回、紹介する『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』は、2003年、1年間の子どもの本の出版状況をカテゴリー別に概説したもの。NPO図書館の学校が2001年から毎年発行しているものの最新版です。NPO図書館の学校は、ウェブサイトもあります。

 本書には、2003年12月1日に開催された同名の会での発表、講演、講評がそのまま収録され、また図書館の学校が選んだ2003年の「おすすめの本200選」が書誌情報と紹介文付きで掲載されています。

 具体的なカテゴリーは、絵本、フィクション、ノンフィクション、ヤングアダルト、紙芝居、マンガ。それぞれ新刊書の読み合い・合評をしているグループの方や専門家の方が1年間の出版状況を振り返るとともに注目の本を紹介しています。これに加えて、絵本作家のあべ弘士さんの講演と、児童文学作家・児童書評論家のひこ・田中さんの総評が載っていました。

 子どもの本をめぐる2003年の傾向を大きく知ることができ、またブックガイドとしても有用と思います。「こんな絵本があるんだ」と発見がありましたし、絵本以外のカテゴリーはそんなに馴染みのない世界だったので、おもしろかったです。

 と同時に、講演や概説にはいろいろ興味深い点もあったので、また別の記事で紹介してみようと思います。

▼NPO図書館の学校 編集・発行『子どもの本~この1年を振り返って~2003年』発売:リブリオ出版、2004年、定価 1,365円

『飯野和好と絵本』(その3)

 インタビューでもう一つおもしろかったのが、読み語りから生まれる「芸能」について語っているところ。

 飯野さんは、月に1~2回、渡世人の旅姿で読み語り公演をされているそうです。北海道から沖縄まで全国の図書館や小学校や酒蔵やお寺など、自身の絵本を手に持って浪曲や講談、落語調で読むとのこと。そのときに感じられたのが絵本の持つユニークな力。引用します。

絵本の言葉を読むことで、語り手と聞き手がひとつの場を共有するんですね。一冊の本から突然、立体的な芸能の場が立ち上がってくる。読んでいる途中も、小学生なんかが突っ込みを入れてくる。それに僕が返して、掛け合いが生まれる。

[中略]

お母さんが子どもに読み聞かせるときも同じだと思うんですよ。たったふたりの間だけど、おはなしが繰り広げられる場を共有している。今ごろになって、絵本の深さ、はかり知れない可能性を強く感じますね。(80ページ)

 読み語り(ないし読み聞かせ)を「芸能」として捉える! これはおもしろいですね。「芸能」と言っても、具体的に浪曲や講談だけでなく、少し広く考えるとよいように思いました。つまり、語り手(演じ手)と聞き手がいて、同じ場を共有し、しかもコミュニケーション(掛け合い)が生まれるということ。この意味では、子どもへの読み聞かせも、たしかに「芸能」の場になるのかなと思います。

 逆に言うと、場の共有と掛け合いによってこそ、読み語りや読み聞かせはより生き生きとしてくると言えるかもしれません。

 そういえば、うちの子どもも読み聞かせで、たまに「突っ込み」を入れてきます。それに応えながら絵本を読んでいくのは、なかなか楽しいです。

 ところで、飯野さんは現在、小学校などの生徒向けに『ねぎぼうずのあさたろう』のミュージカルシナリオを書いているとのこと。大分県ではおばちゃんたちが「あさたろう」のお芝居を上演していたそうです。やっぱり『ねぎぼうずのあさたろう』は芝居心(?)をくすぐるんじゃないかと思います。

 子どもの頃のごっこ遊びが飯野さんのチャンバラ時代劇絵本の原点だそうですが、その絵本が今度はチャンバラのお芝居やミュージカルを生み出していく。ぐるっとめぐって一つにつながっているようで、おもしろいです。

 飯野さんご自身も、読み語り公演のほかに、荒井良二さんやあべ弘士さんといった絵本作家の方々と劇団「てくてく座」を結成して時代劇ミュージカルを上演したり、ブルース・ハーモニカ奏者としてライブハウスに出演しているそうです。多彩な活動ですが、こういった「芸能」活動がまた、飯野さんの絵本作りにも生かされているように思いました。

▼飯野和好 監修/水田由紀 著『みずゑのレシピ 飯野和好と絵本 ストーリーを考える・キャラクターをつくる』美術出版社、2003年、定価(本体 1,900円+税)

『飯野和好と絵本』(その2)

 インタビューを読んで意外だったのは、飯野和好さんにも不遇の時代があったということ。

 そもそも絵本の世界に入ったきっかけは、堀内誠一さんだそうです。堀内さんに出会ってファンタジーを知り、それを自分なりに描いて絵本にしたのが、1981年の『わんぱくえほん』(偕成社)。しかし、それまではなかなか認められず、それ以降も10年は絵本の仕事が来なかったとのこと。ちょっと信じられない話ですが、「絵がきれいでない」とか「アクが強すぎる」とか言われて絵本として使ってもらえなかったのだそうです。

 そして再び絵本に取り組んだのが1991年の『ハのハの子天狗』。この絵本はほるぷ出版のシリーズ「イメージの森」の一冊です。ここではじめて、チャンバラ絵本といういまに続く飯野さんオリジナルの世界ができ、仕事をするときの迷いがなくなったとのこと。この『ハのハの子天狗』については次のように語られていました。

チャンバラの絵本をつくりたいと編集者に言ったら「あ、いいですね。チャンバラ、私も好きですよ」。これはうれしかったねぇ。今までは「絵本はこうでなければ」と言われていたのが、自分の好きなものをそのまま出して一緒にやっていける受け手が出てきた。勇気が出るよね。(78ページ)

 絵本の出版にとって編集者の存在の大きさがよく分かる逸話です。「イメージの森」シリーズはいままでにないような絵本を作ろうという企画で、だから、飯野さんにも話が来たのだそうです。「イメージの森」というと、スズキコージさんの『サルビルサ』というこれまた強烈な絵本を思い出しましたが、当時、絵本の表現の幅を広げようという意識が編集者の側にあったのかなと思います。

 このことと関連して、飯野さんは90年代以降の絵本の世界の変化についても語っています。

 1990年代頃からかな、絵本の世界が変わってきたような気がするんです。それまでは絵本は子供のためのもの、というしばりが強かった。ちゃんとした筋立てがあって絵も明るいもの、可愛いものが求められた。僕のは「気持ち悪い」と言われてなかなか使ってもらえなかったんです。売り込みをしてもほとんどダメだったし……。

 だけど、編集者などのつくり手や、読者の意識がだんだん変わってきたんですね。絵本にはもっと多様な世界があるんじゃないか、と。

 絵本は絵の力で物語るという、ユニークな性質を持ったもの。子供のためだけというのではもったいないと思います。(79ページ)。

 「気持ち悪い」と言われたとのこと。うーん、びっくりです。

 あまり短絡的に考えてはいけないのでしょうが、上記の飯野さんのインタビューを読んで、狭隘な「子ども観」が絵本の世界を貧弱にすることもあるのかなと思いました。「子どものため」を意識しすぎることが逆に子どもの感性をみくびることになる、あるいは一定のイメージを子どもに押しつけることになる。

 だから、「子供のためのもの」という凝り固まったしばりを解くことで、絵本の世界が広がり、それがたとえば『ねぎぼうずのあさたろう』シリーズのような子どもたちにとって圧倒的におもしろい絵本を生み出すこともあるということ。

 これからの仕事について、飯野さんは「年齢を超えた絵本」を描いてみたいと語っています。たとえば、人間の情念がからんだ物語や、チャンバラ絵本でもドロドロと暗い雰囲気を持ったものだそうです。「10年後くらいにはなんとかなるんじゃないか」ということですが、絵本の世界がさらに広がりそうで楽しみです。

▼飯野和好 監修/水田由紀 著『みずゑのレシピ 飯野和好と絵本 ストーリーを考える・キャラクターをつくる』美術出版社、2003年、定価(本体 1,900円+税)

『飯野和好と絵本』(その1)

 この本は、『ねぎぼうずのあさたろう』等のチャンバラ時代劇絵本で知られる飯野和好さんが、絵本作りのノウハウを語った入門書。主として、絵本を自分で作ってみたいという人向けの本ですが、飯野さんの絵本が好きな方にとってもなかなかおもしろいと思います。

 はじめに口上(?)が記されていました。

「このたび、私、おきて破りの絵本塾を始めることにいたしました。皆さまに、かけがえのない一冊の絵本をつくっていただくため、飯野の仕事の舞台裏、すべてお目にかけてしまいやしょう。
我まま勝手なやり方は、どうぞご勘弁。
それでは、わらじのひもをきゅっと締めて、いざ、まいろうかぁ~!」(6ページ)

 付けられた写真が、満開の桜の下、渡世人風の格好で二カッと笑う飯野さん。楽しい雰囲気です。

 絵本塾は、ご存じ「ねぎぼうずのあさたろう」と「にんにくのにきち」が弟子になって進みます。アイデア発想法、キャラクター作りやストーリー作り、下描きから着彩、画材選び、さらには手製本の仕方に至るまで、一つ一つていねいに説明されています。写真もたくさんあり、絵本を作ってみたいという人にはたいへん参考になると思います。雑誌『みずゑ』誌上で1年間にわたって読者の一人が飯野さんのアドバイスのもと絵本を実作した過程も再録されていました。かなり実践的です。

 自分が本当に描きたいものを原点にする、ファンタジーであっても現実のリアリズムに裏打ちされていることが大事、といった絵本作りの基本姿勢についても、多くのコメントが記されています。

 また、この本には『freestyle art book』という何も描かれていない「まっ白い絵本」がセットで付いていました。全部で24ページ。これを使って、自分だけの絵本を作ってみようということのようです。

 なんとなく思ったのですが、絵本作り、いまブームなのかもしれませんね。

 絵本作りはともかくとして、飯野さんの絵本を知るうえでも興味深い点がたくさんありました。たとえば、飯野さんのアイデア発想法は、電車に乗ることだそうです。まわりの乗客をよく観察して、そこから絵本のキャラクターやストーリーを考えていくとのこと。

 また、飯野さんの画材遍歴、じっさいの着彩や手書き文字書きのプロセスも、これでもかというくらい、詳細に説明されています。着彩については、1枚の絵を仕上げていく過程が24枚の写真付きで載っていました。細かな筆使いまで分かるようになっています。

 すごいなと思ったのは、手書き文字の書き方。さらっと一筆で書いているわけではまったくなく、文字の角を強めたり先を丸くしたり塗りつぶしたり太くしたり、一つ一つの文字ができあがるまでに幾つもの作業が重ねられています。手書きとはいっても、それは、文字の新しいデザイン、新しい書体を生み出すことと言ってよいようです。

 それから、これもはじめて知ったのですが、下描きの最初の段階では、キャラクターや個々の場面のコンテを描かれるのだそうです。描き上げたコンテは床などにずらっと並べ、全体の構成やストーリーの流れをあらためて練っていき、また、場面の構図、人物のポーズや表情や服装、セリフやト書きなど、細かな点も一つ一つ検討するとのこと。そのうえで、全体を通しての下描きであるラフを描き、さらにまた検討。こうしてやっと本画に入るそうです。

 この一連の過程で飯野さんが気を付けていることの一つは次の点。

 絵本の場合、特徴的なのは、”めくり”で進行してゆく読み物だということ。だから、ページをめくった瞬間の印象がものをいうんです。

 僕がいつも心がけているのは、ページをめくるときの読者の予想を裏切ること。たとえば構図でも、「こうくるだろうな」というのを、あえてはずす。

 そしてひとつの場面でも、見下ろしたアングル、見上げたものなど、2、3パターン描いてみて、内容を伝えながらも、いちばん目に驚きを与えるものを選びます。

 思いがけないものがパッと現れると、人って「あ、いいな」と思うわけ。その瞬間、その絵本の中にフッと入っちゃう。
(40ページ)

 絵本の特質の一つが「めくり」にあるとのこと、言われてみればたしかにその通りですね。おもしろいです。

 ほかには、チャンバラ絵本が生まれたきっかけも書かれていました。ジョニー・ハイマスさんという写真家が撮った山道の写真なのだそうです。飯野さんが子どもの頃に学校に通っていた道にそっくりで、そこから子どもの頃のチャンバラごっこを描いてみようと思い立ったとのこと。

 写真の実物も掲載されていましたが、本当に昔ながらの緑に包まれた山道。奥の方で左に曲がって山に隠れるようになっています。向こうから何が出てくるか分からない、そんな感じです。こういう場面設定は、飯野さんのチャンバラ絵本にも何度か出てきたと思います。

 あと、子どものころから現在に至るまでを語ったインタビューも載っていました。ここでも興味深い点が幾つかあったのですが、これはまた別の記事で紹介したいと思います。

▼飯野和好 監修/水田由紀 著『みずゑのレシピ 飯野和好と絵本 ストーリーを考える・キャラクターをつくる』美術出版社、2003年、定価(本体 1,900円+税)

『この絵本が好き! 2004年版』

 この本では、2003年に刊行された絵本について、アンケートに基づくランキングが掲載されています。アンケートの回答者は76人。絵本の専門書店の店長さん、図書館の司書さん、美術館や文学館の学芸員さん、絵本の研究者、編集者、イラストレーターや翻訳家など、いわば絵本読みのプロの方々です。2003年の1年間に刊行された絵本のなかで、好きな絵本を国内絵本と海外翻訳絵本に分けてそれぞれ3冊選んでもらい、その総数に基づいてベスト23が算出されています。

 参考になると思うので、そのベスト23を記しておきます。同じ票数のばあいは同順位で書名の五十音順の配列になっているそうです。

国内絵本ベスト11
1.酒井駒子『ロンパーちゃんとふうせん』白泉社
2.斎藤孝/つちだのぶこ『おっと合点承知之助』ほるぷ出版
3.長新太『みみずのオッサン』童心社
4.安野光雅『旅の絵本Ⅴ』福音館書店
4.荒井良二『はっぴいさん』偕成社
6.長谷川集平『はせがわくんきらいや(復刊)』ブッキング
6.きむらゆういち/はたこうしろう『ゆらゆらばしのうえで』福音館書店
以下順位なし:
 山内祥子/片山健『アマガエルとくらす』福音館書店
 中川ひろたか/100%ORANGE『コップちゃん』ブロンズ新社
 三沢厚彦『動物たち』理論社
 内田麟太郎/いせひでこ『はくちょう』講談社

海外翻訳絵本ベスト12
1.ジョン・バーニンガム/長田弘 訳『旅するベッド』ほるぷ出版
2.エリサ・クレヴェン/江國香織 訳『おひさまパン』金の星社
3.M・B・ゴフスタイン/末盛千枝子 訳『ゴールディーのお人形』すえもりブックス
4.ジェイムズ・マーシャル/モーリス・センダック/さくまゆみこ 訳『おいしそうなバレエ』徳間書店
4.マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット/うちだややこ 訳『岸辺のふたり』くもん出版
4.C・V・オールズバーグ/村上春樹 訳『急行「北極号」(改装改訳新版)』あすなろ書房
4.マンロー・リーフ/ルドウィッヒ・ベーメルマンス/福本友美子 訳『ヌードル』岩波書店
以下順位なし:
 ウラジーミル・ラドゥンスキー/木坂涼 訳『おしっこぼうや』セーラー出版
 F・ヤールブソワ/Y・ノルシュテイン/こじまひろこ 訳『きつねとうさぎ』福音館書店
 クリス・バン・オールスバーグ/かねはらみずひと 訳『ザスーラ』ほるぷ出版
 D・B・ジョンソン/今泉吉晴 訳『ヘンリー フィッチバーグへいく』福音館書店
 オクタビオ・パス/キャサリン・コーワン/マーク・ブエナー/中村邦生 訳『ぼくのうちに波がきた』岩波書店

 以上のように、一応ランキングになっていますが、それぞれの絵本が何票獲得したのかは記されていませんでした。掲載されているアンケートの回答をみてみると、選ばれた絵本は実にバラバラです。じっさい国内絵本では回答者76人に対し選出された絵本が121種類、海外翻訳絵本も回答者76人に対し118種類の絵本が選ばれています。国内絵本の第1位になっている『ロンパーちゃんとふうせん』でも、ざっと数えてみると、76人中9人しか選んでいないようです。特定の絵本にたくさんの票が集まっているわけではないと言っていいでしょう。

 考えてみれば、他のジャンルならともかく、絵本のばあい、こんなふうに票が分かれるのは当然かもしれませんね。みんなが好きな絵本があるのではなく、その人に固有の経験や記憶と結びついた、自分だけのお気に入りの絵本がある、そんな気がします。絵本はそれだけ多様で懐が深く、各自に固有の感動を呼び起こすものなのかもしれません。

 そのことは、今回のアンケートで同時におこなわれた「次世代に伝えたい絵本」の回答を見ても分かります。見事なまでにバラバラです。

 なんだか絵本のランキングをすることが本当に有意義なのかどうか、少し考えてしまいます。とはいえ、アンケートの回答やコメントを読んだりして、「こんな絵本があるんだ」といろいろ参考になりました。ランキングは、それをあまり重要視せず、絵本を知る一つの手がかりと考えておくのがよいかもしれません。

 それはともかく、この本では、ランキングされた絵本の紹介やすべてのアンケート回答のほかに、2003年の絵本について、たくさんのエッセー、座談会、インタビューなどが掲載されており、非常に読み応えがあります。絵本をめぐる現在の状況やトピックを広く見渡すことができるように思いました。

 また、カラーページもけっこうあり、ブックガイドとしても役立ちそうです。巻末には、2003年に刊行された国内絵本と海外翻訳絵本のリスト(約1300冊!)も付いていて、これも参考になります。

 『この絵本が好き!』は2003年版もあるようなので、そのうち読んでみようと思います。

▼別冊太陽編集部 編『この絵本が好き! 2004年版』平凡社、2004年、定価(本体 1,000円+税)

中川素子『絵本は小さな美術館』(その5)

 この本の最終章である「第4章 絵本が語る現代」では、現代社会を絵本がどのように映し出しているのかが扱われています。

 美術史の世界ではアプローチの仕方もイコノグラフィ(図像学)、様式論、記号論、心理学などと多様だが、作品を時代精神の中で考えるイコノロジー(図像解釈学)が最も作品を深くとらえているように思う。絵本論ではまだイコノロジーによりアプローチしたものはあまり見受けられないが、母親、老人、子どもなどの絵には歴史的、風土的、社会的なイメージが重ねられている。絵本の絵がそのイメージを再構成すると同時に、新しいイメージを世の中に広める力にもなる。つまり、一冊の絵本が新しい人間の在り方や人間関係のイメージを作り出す大切さを理解していただけたらと思うのだ。(168-169ページ)

 この中川さんの議論はよく理解できます。女性や子育てや老いについて新しいイメージを意欲的に提示している絵本もたくさんあると思います。食わず嫌いをせずに、そういった絵本も読んでいきたいものです。

 だた、その一方でおそらく絵本は、それが絵本であるがゆえに新しいイメージの創出に困難を抱えているところもあると思います。

 つまり、多くの絵本は、イメージを革新するというよりは、むしろ、既存の凝り固まったイメージをそのまま反復しそれをますます強固にしているかもしれません。絵本が子どもを対象に作られていること、そこでの「子ども」観がそれ自体一定のイメージにしばられていること、そしてまた絵本をもっぱら教育の手段ととらえてしまいがちなこと、こういったことが絵本におけるイメージの冒険を阻んでいる可能性は否定できない気がするのですが、どうでしょう。

 とはいえ、具体的に何か新しいイメージを創出するわけではなくても、もう少し抽象的な水準で絵本は大きな力を発揮しているのではないかと考えました。たとえば女性の生き方や環境問題や死などを直接に扱っていなくても、イメージとの関係の結び方やつきあい方について絵本が伝えていることもあるように思います。こういう水準での絵本の可能性も考えられるかもしれません。

 なんだか自分でも難しくてよく分からなくなってきましたが(笑)、ともあれ、中川さんの本を読んであれこれ思考が刺激されました。この本、絵本についてとても新鮮な見方・読み解き方が示されており、読んで損はないと思います。新書で割と簡単に手に入りますし、一読をおすすめします。

▼中川素子『絵本は小さな美術館』平凡社新書、2003年、定価(本体 880円+税)